「家族の会話をしよう」~今回の回答に込めた想い~

トヨタイムズ

3月13日、組合からの賃金・賞与(ボーナス)の要求に対して、会社から回答が申し渡された。

回答内容の詳細を後述

「労使協議会は、昨年1年をかけて労使が解決しきれなかったことを、改めて確認し、実行につなげていく“総決算の場”」

2月13日の申し入れ時に議長の河合(副社長)が述べていたように、この1ヶ月、労使交渉(労使協議会)の中では、賃金・賞与以外にも様々なテーマが話し合われてきた。

「豊田綱領」の精神

労使交渉の最後、毎年、豊田は行司役として回答に至る想いを述べてきた。だが、本年の回答に先立ち、豊田が語ったことは、参加者にとっては意外な内容だったかもしれない。それは、「豊田綱領」についての、豊田自らの解釈であった。

豊田社長

「私から回答を申し上げるにあたり、まずは皆さんと一緒に、改めて、トヨタグループで働く全員が立ち返るべき原理原則である、『豊田綱領』について考えたいと思う」

「豊田綱領」とは、トヨタグループの始祖である豊田佐吉の精神を、トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎が中心となって整理、明文化したものである。佐吉の5回目の命日にあたる1935年10月30日に発表された。

内容は以下の通りである。

一、
上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を拳ぐべし
一、
研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし
一、
華美を戒め、質実剛健たるべし
一、
温情友愛の精神を発揮し、家庭的美風を作興すべし
一、
神仏を尊崇し、報恩感謝の生活を為すべし

豊田は、今のトヨタが置かれた状況にも言及しながら、「豊田綱領」の精神について話し始めた。

豊田社長

(“上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を挙ぐべし”について)

「まず、『産業報国』の精神はあるか。自分のため、会社のためということを超えて、『お国のため、社会のため』となれているかどうか。この価値観を全員が共有できているか。トヨタで働く一人ひとりの言動に、『お国のため、社会のため』という大義を感じた時、周囲の方々は、その人を、そしてトヨタを、『応援しよう』と思ってくれるのだと思う。トヨタで働く一人ひとりが、どこまで『自分』や『会社』の利益を超えられるか。応援されるトヨタ、愛されるトヨタになれるかどうかは、この一点にかかっている」

「『至誠』とは極めて誠実であることであり、また、その心をいう。一人ひとりが、『まごころ』を込めて、誠実に業務に向き合い、最後の最後まで、業務を遂行しようと努めているか。やる気のある人や、努力を続けている人に、ぶら下がっている人はいないか」

「この2つの認識について、会社も組合も、上司も部下も、トヨタで働く全ての人が一致していなければならない」

現代では使わない言葉や、一見して理解が難しい内容についても、原文に込めた先人たちの想いを想像し、時折、組合員の顔を見ながら、豊田は説明を続ける。

豊田社長

(“研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし”について)

「イノベーションは突然生まれるものではない。トヨタは『3i』の会社だと繰り返し申し上げている。イミテーションから始めて、インプルーブメントを続け、イノベーションを呼び込む。良いと思うことは、真似をする。昨日よりも今日、今日よりも明日がよくなるように、ベターベターの精神で、改善を重ねる。改善後は改善前。つまり、終わりなき改善、その先にイノベーションがある」

「本当の改善とは、『仕事のやり方を変えること』だと思っている。CASEと呼ばれる新たな技術の登場によって、クルマの概念そのものが変わり、競争の相手も、競争のルールも変わろうとしている。この大変革の時代を生き抜くためには、時代の変化を先取りして、トヨタで働く全員が、自らの仕事のやり方を変えていかなければならない。」

「一方で、仕事のやり方を変えることが、どれだけ大変なことか。どれだけ勇気がいることか。これは、実際に仕事をしている皆さんが、一番よくわかっていることだと思う。その仕事を熟知していなければ、こわくて、やり方を変えることなどできない。皆さんが『仕事のやり方を変える』ことができなければ、トヨタは終焉を迎えることになると思う。『生きるか死ぬかの闘い』というのは、そういうことである」

トヨタが創業されたのは1937年。その後、戦中、戦後はモノも、お金も、技術も無かった。そして1950年には労働争議が起こり、2,146名が退職し、喜一郎は社長を辞任した。その後のトヨタの成長の礎を築いたにも関わらず、苦しい経験ばかりだった先人たちのことを忘れてはいけないと、豊田は従業員に繰り返し説いている。

「喜一郎を始め、何もいいところを見ることがなかった先輩たちが、苦労してつないでくれたタスキを、トヨタという会社を、いいところばかり見てきた私たちの代で、終わらせてしまってもいいのか。自動車産業は裾野の広い産業。非常に多くの仲間とステークホルダーの方々に支えられている。そういう意味においても、『トヨタを絶対に死なせるわけにはいかない』。少なくとも、私はそう思っている。そのためには、時流に先んじなければならない」

「研究に研究を重ねて、その道のプロになり、誰も見たことのない技術、誰も見たことのないクルマ、誰も見たことのないサービス、そして、誰も見たことのない世界を創造したいと思いませんか。100年に一度の大変革の時代なら、その変革をいちばん最初に起こす人を目指しませんか」

豊田社長

(“華美を戒め、質実剛健たるべし”について)

「『美しく着飾る、見た目を取り繕うのでなく、中身、本質を磨こう』という意味としてとらえている。議論のための議論とか、仕事をやっているふりとか、そんなことをしている暇はないはず。あらゆることにおいて、『ごっこ』はもうやめて、みんなで物事の本質を追求していかなければ、この変革の時代を生き抜くことはできない」

(“温情友愛の精神を発揮し、家庭的美風を作興すべし”について)

「『従業員は家族』。これは、喜一郎の言葉。家族には、厳しくも優しい、身体を張って守ってくれるオヤジやおふくろ、身近な目標となり、相談相手になってくれる兄や姉が必要。そして、悩みや困りごとがあれば、素直に打ち明けることができ、答えは出なくとも、ともに悩み、ともに打開策を模索していくのが家族だと思う」

「今回の労使の話し合いで、私たちは本当に『家族』だったのか。皆さんのご家庭のことを考えてみてほしい。家族の相談ごと、会話において、その場で解決できるものがどれだけあるか。少なくとも私の家庭では、すぐに解決できない話ばかり。トヨタの人は、問題が提起されれば、必ず答えを出さないといけないと思い込んでいる気がする」

「まずは、相手の悩みに耳を傾け、現実に起きていることをしっかりと受け止める。すぐに答えがでないものは、時間をかけて、ともに悩み、ともに現状を打開するやり方を模索する。これが家族の話し合いではないかと思う。今回の話し合いにおいて、会社側が大いに反省すべき点は、この点にあるのではないか」

(“神仏を尊崇し、報恩感謝の生活を為すべし”)

「今のトヨタがあるのは、苦労に苦労を重ねた先人のおかげであり、私たちを支えてくださっている仕入先、販売店の皆様、私たちの製品をご愛顧くださっているお客様のおかげである。常に『感謝』と『恩返し』の気持ちをもって、日々の生活を送っていかなければならない」

ここまでが豊田なりの「豊田綱領」の解釈である。そして、なぜ労使交渉の場で伝えたのか、その意味を述べた。

「今のトヨタが、ここにいる私たち全員が、『豊田綱領』の精神を忘れかけているのではないか。私はトヨタに入社する前に、自分の勤めていた会社がなくなるという経験をした。『会社がつぶれる時は、中から崩れるものだ』ということを身をもって経験した。創業の原点を見失った会社が、大変革の時代を生き抜くことなどできない」

必要とされる人になるために

続いて、異例の展開となった前回の第3回交渉における、自らの発言の真意について語った。

豊田社長

「『豊田綱領』が私たちトヨタの原点であるならば、トヨタ生産方式『TPS』と『原価低減、原価のつくりこみ』は、トヨタに関わる全員が身に付けるべき作法といえる。今回の労使協でのやり取りの中に、私は『創業の精神』や、叩き込まれたはずの『作法』を感じるとることができなかった。前回、『こんなに距離を感じたことはない』と申し上げたのは、そういう意味だった」

「例えば、全員がプロになるようなコメントが多くみられたが、現実は、そんなに甘いものではない。まずは、一人ひとりが、会社からはもちろん、世の中から必要とされるような人間になることを目指さなければならない」

「見えないところで、頑張ってくれている人たちがトヨタにいることを、私も知っている。残念ながら、今回の労使協では、そうした人たちの頑張りや悩みが、ひと言も、聞けなかったような気がしている。組合執行部、職場委員長、そして経営側が、7万人の総意を反映していないのではないか。私自身の現場感覚とあまりにギャップを感じたので、第3回の労使協の場で、あのような発言をした」

「今お話した想いをご理解の上、回答を聞いていただきたい」

回答内容

賃金

  • 「人への投資」も含め、全組合員一人平均10,700円とする。
  • 頑張っている人の頑張りを更に引き出す取り組みについては、以下のとおり。
    • 定年後も処遇がほぼ変わらない上級スキルドパートナーの拡大
    • 同じ職場で働く仲間として、シニア期間従業員の方および、在籍1年未満の期間従業員の方への食費補助手当の導入
    • 期間従業員から正社員へ登用された方の賃金是正
    • TL(チームリーダー)手当の増額
    • 学歴や在籍年数にとらわれることなく、頑張った人がきちんと報われるための事技職における高卒、高専卒の昇格適正化、業務職の上位資格導入、中途採用業務職の賃金是正
    • 介護や障がい者サポートを充実させるための相談窓口の設置 等
  • 本交渉終了後、速やかに労使専門委員会を設けて、「頑張った人がより報われる」「お天道様が見ている」会社を目指し、賃金制度維持分や一律分のあり方も含めて評価・昇格・処遇制度について棚卸しの上で、見直しを行う。
  • 更には、人事施策の見直しとして、以下に取り組んでいく。
    • 業務職の方の完全在宅勤務制度の導入、および事技職以外の方の配偶者転勤時のキャリア継続支援施策
    • (身につけるべき)能力マップの導入
    • 技能職の配置ポスト再構築 等

賞与

  • 本年の賞与は、組合員一人平均 夏120万円とし、冬賞与については、継続協議とし、秋に労使協議会をあらためて開催する。
  • 今回の労使協では、トヨタのおかれている状況についての認識の甘さ、それがゆえに変わることが出来ていないことを労使ともに深く反省。そうした中で、今の時点では、組合の申し入れにお答えするのは時期尚早ではないかと考え、組合要求として固定されている冬賞与を夏に入れ替えさせていただき、夏賞与のみの回答とした。その上で、組合員の皆さんの生活への影響を踏まえ、組合員一人平均、120万円と回答した。
  • 冬賞与については、「生きるか死ぬか」という会社の置かれた状況を踏まえ、労使ともに、ひとり一人が「何が出来るか」「何をしなければならないか」を自ら考え、行動に移せているかどうか?その行動が周囲の方々に認められ、トヨタを「応援しよう」と思っていただけているかどうか、こうした点を確認するために、あらためて、秋に交渉の場を持たせていただくべく、継続協議とした。

回答を受けた西野委員長からのコメント

西野委員長

「賃金においては、業務職(一般職)や期間従業員等に対する賃金課題や人への投資について、前向きな回答をいただいた。今後も、競争力強化に向け頑張っているが壁に阻まれている様々な人たちの声を丁寧に吸上げ、会社と議論をしてまいりたい」

「また、全員に配分される賃金についても回答をいただけたことは組合の要求に真摯に応えて頂けたということであり、感謝申し上げる。一方、会社から繰り返し示された『全員一律の賃上げに対する強い問題意識』については、会社の考えを組合も重く受け止め、今後開催される話し合いに臨んでいく」

「そうした中で、会社から発言があった『やる気が無い人』に対しては、組合としてもコミュニケーションを取り、どうやってやる気を出してもらえるかを一緒に考えてまいりたい。そうしたことを通じて、何が起ころうとも全員で立ち向かい、会社を支えていきたいと思う」

「一時金(ボーナス)においては、夏の支給が120万円であることや、年間協定が結べず、冬の水準について合意が得られなかったことは、執行部として職場に申し訳ない思いであるが、執行部を含めた組合員一人ひとりの意識や行動が会社の期待値に届いていなかったと受け止めている」

「一方で、継続協議となったことは、信頼回復のチャンスをいただいたと受け止めており、社長との距離を埋めるための取り組みをしっかり進めていく。秋ごろに開催予定の労使協議会に向けて、改めて競争力を強化するために、何をすべきかを組合員全員が自ら考え、すぐに行動に移していき、その内容を労使で確認していきたいと思うのでよろしくお願いする」

「社長からお話し頂いた豊田綱領については、今改めて、我々がどういう想いで仕事に向き合っていかなければならないのか、深く考えさせられた。この豊田綱領は、労使ともに大変苦しい時代にできた、トヨタという会社の基本的な心構え。まさに生きるか死ぬかのときに先輩方が作成されたものであり、同じ状況にある我々全員が今、心に留めなければならないもの。労働組合としても、この豊田綱領をベースに、原点に立ち返って取り組んでまいりたい」

「最後に、お話しいただいた会社の思いをしっかりと職場に伝えた上で、先程いただいた会社回答を執行部として正式な機関にはかってまいりたい。どうもありがとうございました」

労使はクルマの両輪

本年の労使交渉の結びにあたり、豊田はこれからの労使のあるべき関係を語った。

豊田社長

「これから、さらに、労使で本音の話し合いを継続してまいりたい。第3回の労使協での発言から、私は『行司役』ではなく、会社に対してメッセージを送る立場になったと思う。それは、この話し合いを労使双方にとって、意味のあるものに立て直さねばならないとの危機感から。今回の話し合いで、私も西野委員長も、身体は向き合っていたが、メッセージはお互いの背中に向けて出し合っていたような気がしている」

「これからは、お互いの背中に話すのではなく、お互いの心をめがけて、本音のキャッチボールができるようにしていきたいと思う。そして、何年か経ったあと、『トヨタの話し合いが、家族の会話に近づいてきたね』、『それは2019年の労使協があったからだね』。労使でそう話せる日が来ることを願ってやまない」

「『労使はクルマの両輪』。心からそう言いあえる関係になれると信じて、西野委員長をはじめとする組合の皆さんと本音で、本気で、向き合ってまいりたい」

「これからもよろしくお願いいたします」

トヨタの話し合いは終わらない。

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