この記事は以下のような人にオススメです

  1. 運転再開を目指している、お体に障がいのある人やそのご家族
  2. 運転再開が難しいと診断された人やそのご家族
  3. リハビリしている人を「どのようにサポートしたら良いか」悩まれている人

脳卒中などの病気を経験すると、これまで当たり前だった移動の自由が突然失われることがあります。しかし運転を再開できれば、生活の質や社会とのつながりを取り戻す大きなきっかけになります。
この記事では、運転再開を目指す方々が抱える不安や悩みの解決方法を、運転リハビリに詳しい作業療法士協会の小倉 由紀先生に伺いました。
記事後半では、「ご家族の方」「運転できないと診断された方」にも役立つ情報をお届け。「できることから始める」ためのヒントになれば幸いです。

-脳卒中などで移動に難しさを抱えた方が「また運転したい」と思ったとき、どのような不安を抱えるのでしょうか?

実は発症後の悩みは、お体の症状によって異なる傾向があります。

  身体機能障がい 高次脳機能障がい
主な症状 片麻痺(右あるいは左の手足の麻痺)、感覚障がい、筋力低下、痙縮、失調症、など 注意障がい、記憶障がい、遂行機能障がい、失語症、半側空間無視、視空間認知障がい、社会的行動障害など

脳損傷(脳卒中・外傷性脳損傷)による障がいの主な症状

片麻痺がある場合は、「麻痺した手や足が治らないと運転が難しい、治るだろうか」という不安を抱えます。
一方、高次脳機能障がいがある場合には、「退院したらまた普通に運転する、できる」とあまり不安を抱えない方が多い印象です。
それは後遺症への理解、気持ちの整理が現状に追い付いていないためと思われます。しかし、退院後に病気や障がいの影響を徐々に実感し、“仕事に行けなくなる”、“生活が不便になる”などの現実的な不安を感じる方が増えるようです。ご家族は、「元の状態に戻れる、戻ってほしい」との期待と願いをお持ちになりますが、徐々に病気の前との違いを受け止め、ご本人よりも早く、運転できなくなる不安を抱えます。
なお、高次脳機能障がいは「見えない障がい」とも言われ、ご本人・ご家族ともに理解しにくいという特徴があります。そのため、運転の危険性が高くとも「以前と同じように運転できる」と誤認することがあるのです。

-患者様やそのご家族に対して、どのような説明をされていますか?また、説明において意識しているポイントはありますか?

まず、障がいの運転への影響、そして交通事故に関与する可能性とその場合の責任(刑事・民事等)、本人・家族への心理的ダメージについて説明します。
その上で、右の手足に麻痺がある「右片麻痺」の場合は、運転補助装置(左アクセルペダル、左ウインカー、ハンドル旋回装置等)をクルマに取り付け、練習することで運転再開の可能性につながることを説明します。左手足に麻痺がある「左片麻痺」でも、必要に応じてハンドル旋回装置の説明をします。

高次脳機能障がいがある場合は、法制度に沿った運転適性評価の必要性を説明し、適切な時期に評価を行います。焦って早い時期に評価を受けると、回復途中がゆえに低成績になることがあるため、発症からの期間と高次脳機能障がいの回復をみながら進めます。また、初回の評価で運転再開できなくとも、半年後などに再評価を行い再開の可能性を探ります。

-作業療法士として、運転再開を希望する方に対しどのような支援を行っていますか?

施設によって多少異なりますが、当センターでは、まず面接で支援内容の全般的な流れと道路交通法等に基づいた評価の必要性を説明します(脳卒中後は“運転に支障のある一定の病気”に該当する可能性があるため回復状態を確認する)。その後、身体機能・高次脳機能評価、ドライビングシミュレーター評価を行います。評価結果を踏まえて、教習所での実車評価を行うか、リハビリテーションを行った後に再度評価を行うか等を主治医等と検討します。

  • 机上での検査の一例
    机上での検査の一例
  • ドライビングシミュレーターを使用した評価の様子例
    ドライビングシミュレーターを使用した評価の様子例

実車評価は、教習所内と公道で各1回50分実施します。必要に応じて運転補助装置付き教習車両で練習・評価を行います。教習車両には作業療法士が同乗し、教習指導員とともに評価を行うため安心です。当日にご本人と振り返りを行い、後日、カンファレンス(多職種による検討会議)での検討を踏まえて主治医が結果説明をします。
なお、実車評価前には、運転リハビリテーションを実施する場合もあり、入院中にはご家族同席の学習会も行っています。

-運転を再開したいとき、どのような流れで相談を進めれば良いですか?

再開のステップは「評価のみを行うか、リハビリテーションも実施か」によって異なります。

評価のみの場合
リハビリテーションを実施する場合

-実際に運転を再開された方の中で、生活にどのような変化が見られましたか?

通勤ができることで復職が可能となった方が多くいらっしゃいます。また、運転できることで配置転換や雇用条件の変更がなく復職できた方もいらっしゃいます。元の職場に戻れなかった方も、運転できることが再就職の大きな後押しとなりました。
通院や買い物をはじめとし、日常生活で運転できることで、病前に近い生活に戻れたり、一人暮らしが維持できたりする方がいらっしゃいます。また、地域の集まりなどの社会参加や、家族の送迎などの家庭内の役割を持ち続けた方もいらっしゃいます。
“元々の趣味である家族との遠出(ロングドライブ)が再びできるようになり、麻痺が残っていても運転しているときは病前と同じ楽しい時間が戻ってきた”、と教えていただいた時は支援者として嬉しい瞬間でした。

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-「運転を再開できなかったケース」では、どのような代替手段や支援を提案されていますか?

バスや電車などの利用練習を行い、一人で移動できるようになった方もいらっしゃいます。
「クルマがだめなら自転車で」という方も多いのですが、自転車は身近で便利である一方、一定のバランスが必要です。転倒の危険性も加わるため運動機能を踏まえた慎重な支援が求められます。
運転の主な代替手段には、①本人が操作するハンドル型電動車いす(シニアカー)、電動車いす、自転車等、②民間企業によるタクシー、路線バス、福祉タクシー等、③自治体運営によるコミュニティバス、デマンド(乗合)タクシー等があります。お住いの地域で利用できる代替手段のほか、ご家族や知人、職場の送迎の協力についても一緒に検討しご提案します。
また、障害者手帳によるバスや電車の割引制度、自治体によるタクシー券の交付など免許返納による優遇措置、さらには宅配サービスなど移動不要の支援などの情報提供も行います。
見落としがちなのが、運転を通して果たしていた役割や生きがいの代わりを探すことです。家族の送迎の役割がなくなっても、家庭内の他の役割を見いだしたり、地域での新たな活動を見つけたりすることを助言します。

-運転再開に不安を感じている当事者やご家族に向けて、専門家として伝えたいことはありますか?

脳卒中後に重い障がいが残った場合、運転再開が難しくなることがあります。そのような状況でも運転を完全に断念するのではなく、「運転再開を目指しながら、運転しない期間もこれまでの生活スタイルや地域での活動を継続する」ことが、将来的な運転再開につながる可能性がある、という報告があります。運転できない期間も地域とのつながりや日常の活動を積極的に続けることが大切です。
なお、運転には常にリスクが伴います。ご本人やご家族だけで運転再開を判断することは避け、かかりつけの医療機関か、各警察の「安全運転相談係」(#8080)へご相談ください。

安全運転相談窓口はこちら(警察庁ウェブサイトへ外部遷移します)

安全運転相談窓口について|警察庁Webサイト

-ご家族が積極的に取り組めるサポートなどがあれば教えてください。

運転再開の評価中は、ご本人の期待や不安な気持ちを察しながら、「また運転できたらいいね」といった前向きな対応で見守っていただきたいと思います。「絶対運転できる!」のように断定的で強い励ましは、プレッシャーや思い込みにつながる心配があり避けていただきたいです。
運転再開が可能となった場合には、ご本人が運転に慣れるまでできるだけ同乗していただきたいと思います。ご本人は初めの頃は余裕がなく、気づかないこともあります。運転中には一緒に安全確認を行い、運転後は気がついたことをご本人に伝えるとよいと思います。また、医師や作業療法士などから助言があった場合にはそれを忘れず実行するように、ご本人との確認も大切です。
残念ながら運転再開できなかった場合には、ご家族が代わりに運転したり、一緒にバスや電車などに乗る「同行」をサポートをしたりしていただきたいです。また、何よりご本人のお気持ちに寄り添っていただければ、と思います。「また運転できるかもしれない」という希望を支えつつ、不安や焦りを受け止め、共感して寄り添うことがご本人への大きな支えになっていきます。

小倉先生から読者の方へメッセージ

「いつまでも運転をしていたい」というのは、多くの皆さんの普通の願いだと思います。運転による「移動の自由」がなくなることは、生活や人生を大きく変える、影響の大きな出来事です。
脳卒中などのご病気後は、お一人での判断ではなく、医療関係者にぜひご相談していただき、焦らず、安全な運転再開を目指して一緒に取り組んでいきましょう。

執筆者

トヨタ自動車株式会社 社会貢献部

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