工程シミュレータGEN-VIR®をつかってよりよい工程を研究する
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トヨタ自動車株式会社 未来創生センター(以下、トヨタ)では、モビリティカンパニーへの変革を進める中で、自動車業界だけでなく建設業界が抱える労働力不足や高齢化の問題に対する解決策を模索しています。その一環として、株式会社大林組(以下、大林組)や株式会社豊田中央研究所(以下、豊田中研)と協力し、工程シミュレータ「GEN-VIR®(ゲンバー)*1」を開発してきました*2-4。このシミュレータは、作業を効率化するだけでなく作業員の肉体的負担(筋疲労)を予測し、よりよい工程づくりを目指しています。今回は、筋疲労予測技術の改良と現場改善への取り組みについてお話しします。

-GEN-VIRでは作業効率だけでなく筋疲労も予測できるということですか?

足立
はい。作業のシミュレーションを行うと、作業員がいつ作業をしていて、いつ待機していたかという作業時間ログが出力できます。そのログに作業姿勢データや身体にかかる外力のデータを加えると、作業ごとに必要な筋力が算出され、工程全体としてどの程度筋疲労が発生するか(残存筋力があるか)が予測できます。今回は、作業姿勢のデータ取得について私が、筋力と筋疲労の算出技術について豊田中研の長田さんが紹介します。
図1 GEN-VIRにおける作業効率および筋疲労の計算の全体図
図1 GEN-VIRにおける作業効率および筋疲労の計算の全体図

-作業姿勢の取得にはどのような課題があったのでしょうか?

足立
これまではモーションキャプチャでいくつかの作業姿勢を取得し、その中から作業の内容にかかわらず、類似の姿勢データを選択し筋力の計算を行っていました。しかし施工位置によって姿勢は変化するため、キャプチャした作業姿勢だけでは筋力の計算をする精度が足りませんでした。かといって、すべての作業姿勢をあらかじめモーションキャプチャするのは現実的ではありません。そこで施工位置によって姿勢が変化するならば、施工位置から作業姿勢を3Dシミュレーションで生成することができるのではないかと考え、姿勢生成の研究を行いました。

-具体的にはどのように進めたのでしょうか?

足立
まず、過去の作業動画を観察し、どのような作業時にどのような作業姿勢をするのかを調べました。すると、作業員はあまり中腰になることがなく、主に立ち姿勢か、しゃがんだ姿勢で作業を行っていることが観察されました。例えば、頭の高さから順に壁にボルトを打ち込む作業を見ていると、腰より少し下の高さにボルトを打つ際には、膝を曲げて中腰の姿勢になるのではなく、一旦しゃがんで手を高く伸ばしてボルトを打ち込んでいました。このように、作業員は作業の効率や体の負担を考慮しながら、しゃがむ姿勢を選択しているのがわかりました。また、作業の種類によって姿勢が変わりますが、施工の向きである程度分類できそうだということも確認できました。
図2 作業動画の観察から得られた作業姿勢の気づき
図2 作業動画の観察から得られた作業姿勢の気づき
足立
次に、モーションキャプチャで作業姿勢を取得し、各関節の動きを分析しました。その結果、手の高さと腰の高さには相関関係があることがわかり、これを定式化しました。
図3 モーションキャプチャで作業姿勢を取得する風景と分析結果
図3 モーションキャプチャで作業姿勢を取得する風景と分析結果
足立
関係式を組み合わせてアルゴリズム化することによって、バーチャル作業員が施工位置に道具を合わせて手と足の位置が決まると、自動で全身の姿勢が再現できるようになりました。さらに、バーチャル作業員の関節角度はシミュレーション上で簡単に取得できるため、シミュレーションを行うだけで精度の高い作業姿勢の関節角度データが取得できるようになりました。どのような作業姿勢がバーチャルで生成されるかは、以下の動画をご覧ください。
動画1 作業姿勢生成アルゴリズム

-それでは、作業姿勢や身体にかかる外力からどのように筋疲労を予測するのですか?

長田
まず、各関節を剛体リンクでつないだ簡易的な人体モデルで作業姿勢を再現し、外力の値に応じ、その姿勢を維持するために必要な筋力割合(%MVC*5)を市販の静的負荷予測プログラムで求めます(図4 真ん中)。次にこの筋力割合を指令値として、筋肉が活性、疲労、待機のどの状態にあるのかをシミュレーションできる筋疲労モデル*6*7により、残存筋力(活性・待機状態にある筋肉の量)が時間的に変化していくようすを計算します(図4右)。
図4 作業時の筋疲労予測の流れ
図4 作業時の筋疲労予測の流れ

-なるほど。でも、実際の工事現場では、いろいろな体格の方が働いていますよね。

長田
そうですね。体格が異なると、筋力も異なります。私たちが筋力割合を求めるために使用している静的負荷予測プログラムも、欧米人のデータベースを用いているため、体格の違う日本人にそのまま適用するのは無理がありました。そこで、筋力を計測した過去の実験データを体系的に整理することで、日本人にも適用できるようにしました。さらに、年齢、性別、体重や、一般人なのか建設作業員なのか、といった属性も反映することができました*8。これからは建設作業員の高齢化や女性の進出も加速していきますので、きめ細かな解析と対応で、働きやすい職場ができるよう、この技術が活用されることを期待しています。

-作業員の多様性に対応できるようにしたところがポイントなのですね。ほかにも改善した点があれば教えてください。

長田
実は、従来の筋疲労モデルでは、特定の条件で残存筋力が下げ止まるという問題があったのです。

-それはある程度以上は疲れない、つまり永久に作業を続けられるかのようなシミュレーション結果になるということですか?

長田
はい。実際の筋肉には、収縮速度が遅いけれども疲れにくいタイプ、収縮速度が速いけれども疲れやすいタイプ、収縮速度が速くて疲れにくいタイプ、の三つのタイプがあります。これまで使用していた筋疲労モデルでは、それらをまとめて一つのタイプとして取り扱っていたので、短期の繰り返し作業に対してパラメータを最適化すると、長期の繰り返し作業にはうまく適用できませんでした。もちろん、筋肉の三つのタイプを考慮したモデルも提案されていますが、パラメータが多くなりすぎて実用的ではありませんでした。そこで、簡易的に筋肉の「疲労」状態のみを短期的な部分と長期的な部分に分けた新しい筋疲労モデル*9*10を提案し、実際の作業工程にも適用できるようにしました(図5)。
図5 実作業工程を対象とした従来モデルと提案モデルでの筋疲労の解析例
図5 実作業工程を対象とした従来モデルと提案モデルでの筋疲労の解析例

-実際の工事現場での取り組みについて教えてください。

足立
はい、改良した筋疲労予測技術をつかって、東名リニューアル工事*11で改善検討を行いました。モルタル打設*12工程において検討を行ったところ、モルタルを練る作業で作業員の筋疲労が大きくなることがわかり、機械の導入を検討しました。また作業方法が変わったことで、作業効率がどのように変わるかもGEN-VIRで比較検討を行いました。詳細は大林組HPをご覧ください。

-今後の展望をお聞かせください。

長田
屋外施工現場の困りごとの一つに、暑熱環境があります。暑熱環境下での作業にも対応できるようモデルの改良を進めていきたいと思います。
足立
大林組の別の工事や土木工事以外の分野にも本技術を適用できるのではと考えています。より多くの現場での実績を積み重ね、よりよい改善検討ができる技術となるよう、引き続き努力していきます。
著者

著者

長田 裕司(おさだ ひろし : 写真右)
1987年豊田中央研究所入社。伝熱・エネルギー変換の技術開発、安全・防災管理業務を経て、現在、作業負担分析技術に従事。

足立 渚(あだち なぎさ : 写真左)
2013年トヨタ自動車入社。これまではパートナーロボットの製品評価を担当。本プロジェクトにおいては主にシミュレーション内バーチャル作業員の姿勢生成技術を担当。

参考情報

*1 トヨタ自動車と大林組が共同で開発した工程シミュレータ。トヨタの現地現物の考え方に基づき、作業工程をバーチャル内で再現し、人中心の工程に改善することを目指し、開発、進化させている。GEN-VIRは、現地現物の「現」の日本語読みである「GEN(ゲン)」と、バーチャル(virtual)の英語頭3文字である「VIR」を組み合わせた造語であり、トヨタ自動車の登録商標である
*2 シミュレーションを活用して施工作業員をラクにしたい!~カイゼンで工事期間を短く PART2~
*3 どんな工程でも、誰でも使える?!施工シミュレータの開発~より多くの現場作業員をラクにしたい。施工カイゼン PART3~
*4 もっといい工程をつくろう 工程シミュレータでバーチャル現地現物~リスクの見える化と工程の最適化~
*5 筋肉が発揮できる最大筋力に対する負荷の割合。
MVCはMaximal Voluntary Contraction(最大随意収縮)の略語。
*6 3CC-r筋疲労モデル(Three-compartment controller muscle fatigue model)
*7 Looft, J.M. et al., “Modification of a three-compartment muscle fatigue model to predict peak torque decline during intermittent tasks”, J. Biomech., Vol.77(2018), pp.16–25.
*8 長田 裕司 他, “インフラ施工作業の負担分析(第1報) –作業員特性を反映させた経時的筋疲労解析–”, 人間工学, Vol.59, Supplement(2023), O1A6–01.
*9 4CC-r筋疲労モデル(Four-compartment controller muscle fatigue model)
*10 河上 充佳 他, “インフラ施工作業の負担分析(第2報) –3CC-r筋疲労モデルの改良提案–”, 人間工学, Vol.59, Supplement(2023), O1A6–02.
*11 東名リニューアル工事(東名多摩川橋)
工事区間
東名多摩川橋 上下線(E1 東名 東京IC~東名川崎IC間)
工事概要
老朽化した橋梁のコンクリート床版を新しい床版に取り替える工事
工事期間
2021年11月下旬~2024年11月下旬(約3年間)
*12 モルタル(砂とセメントと水とを練り混ぜて作る建設材料)を型に流し込む作業

本件に関するお問い合わせ先

未来創生センター
メールアドレスfrc_pr@mail.toyota.co.jp