どんな工程でも、誰でも使える?!施工シミュレータの開発
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トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)未来創生センターでは革新インフラ技術研究の一環として工事現場で働く人をラクにするため、施工シミュレータ(以下、SIM)の開発に取り組んできました。
2021年のSIMを用いた作業工程カイゼンでは作業員の負荷は変わらず、作業時間を半減するなど大きな効果を生むことができました。一方で、SIMは工事の規模が大きくなるほどSIM作成に時間がかかる、そもそもコーディングの技術を習熟しないとSIM作成が難しいなどの課題がありました。そこで2022年は共同研究先の株式会社大林組(以下、大林組)とともに、SIMを使いやすく、また規模の大きく複雑な作業でも活用できるツールに進化させる取り組みを行いました。取り組み内容や開発のポイントについて、開発メンバーの足立とともにご紹介いたします。

図1 東名多摩川橋床版取替工事の作業イメージ(上図 : 上から工事を俯瞰した図 下図 : 道路上から工事を見た図)
図1 東名多摩川橋床版取替工事の作業イメージ
(上図 : 上から工事を俯瞰した図 下図 : 道路上から工事を見た図)

大規模工事をシミュレーションする難しさとは

-より規模の大きい工事ということですが、どのような工事でSIMを活用したのでしょうか。前回との工事内容の違いを教えてください。

足立
今回取り組んだ工事は「東名リニューアル工事*1」の中の「東名多摩川橋床版取替工事」です。その中でも「床版接合工程*2」という、より多くの作業員が関わり、より多くの作業が連携しあっている工程についてSIMを活用しました。前回の工事内容との違いですが、まず作業員の数です。前回は2チーム、合計4人でしたが、今回は4チーム、合計12人で前回の3倍です。2つ目の違いは、作業の組み合わせが前回よりバリエーションがあることです。前回は各チームの作業内容も作業スペースも独立していたため、作業員が別のチームに合流して一緒に作業をすることも、また同じスペースで作業をすることはありませんでした。しかし、今回は1つの作業スペースで複数のチームが作業を進めるため、各チームが独立して実施する作業もあれば、いくつかのチームが一緒になって作業をすることもあります。(図2)
図2 前回と今回の工事における違い
図2 前回と今回の工事における違い

-そのような12名の人が連携し合いながら作業をする工事についてSIMを活用するとなると、SIMのコーディングがとても複雑になりそうですし、SIMの作成の時間もかかりそうですね。

足立
そうですね。私たちがSIMを作成する際、作業員ひとりひとりの動作をコーディングするため、作業員の数が3倍になれば、SIM作成も単純計算で3倍の時間がかかります。つまり、前回の工事ではSIM作成に1.5か月程度かかったので今回は4.5か月かかる計算になります。また今回は、作業の進捗や担当する作業員の状態によって条件分岐するコーディングが必要になり、その作成にも時間がかかります。

-SIMを作り上げるのに半年以上かかりそうですね(笑)。

足立
本来SIMは作業をカイゼンするためのツールですから、一度作ったSIMをもとに作業のカイゼン案を検討し、その検討結果に基づいてSIMを修正して再度、作業を確認するというカイゼンのサイクルを何度も回す必要があります。そのため、よりよいカイゼン活動のためにはSIMのコーディング方法を見直してより短時間に簡単にSIMを作成できるようにする必要があるとわかりました。

よりよいカイゼン活動のためにSIM作成方法を進化させる

-作業のカイゼンだけではなく、カイゼンのツールであるSIMも「カイゼン」する、ということですね。実際にどのようなSIMの進化を行ったのでしょうか。

足立
トヨタのカイゼンの考え方のひとつに「徹底的に無駄を省く」があります。SIM作成における無駄とは何かを考えました。これまで「作業」のコーディングではそれに付随した「次の作業場所へ移動」や「作業を完了したので、作業待機状態に遷移」などもひとつひとつコーディングしていました。(図3)しかし、作業のカイゼンを行ううえで注目したいのは「作業の時間」や「作業の順番」といった「作業」に関するもののはずです。そこで付随項目である「移動」と「待機」のコーディングを「作業」のコードにまとめられないか検討しました。
図3 前回の方法で1つのサンプル作業をコーディングした例
図3 前回の方法で1つのサンプル作業をコーディングした例

まず、「待機」は次に指示された「作業」があるか開始できるかを判定し、自動で「待機」状態になる仕組みを導入しました。次に「移動」についてですが、移動するために必要な「作業位置」や「作業員の向き」といった情報は各作業で異なるので、簡単にはまとめることができませんでした。そこで、まず作業ごとに「作業位置」や「作業員の向き」を事前に登録し、次に作業順をコーディングするという2段階の方法にしました。

-なるほど。「作業」のコーディングに、事前に「作業位置」「作業員の向き」を登録するんですね。でも「作業」が多いので事前に登録するのも大変だったのではないでしょうか。

足立
はい。そこで、UIを工夫して事前登録を簡単に行えるようにしました。図4を見ていただきたいのですが、3DCGの作業場所に“作業ポイント”をマウスでドラッグして置きます。この“作業ポイント”が置かれた場所が「作業位置(座標)」、置かれた向きが「作業員の向き」となります。その他「作業姿勢」などの項目はプルダウンで選択できるようにし、コーディングに慣れていない人でも直感的に登録ができるようにしました。

-確かに直感的にできそうですね。

足立
「作業」のコーディングを「作業情報の登録」と「作業の順序」に分けたことで、SIMの修正を容易にすることにもつながりました。例えば、作業カイゼンの結果作業Aの作業時間が短くなったなら作業Aの「作業情報の登録」のみを編集すれば、「作業順」に含まれるすべての作業Aに変更が反映されます。
図4 今回開発した作業の情報を登録するUI 3DCGや項目欄を活用し直感的に情報登録ができる
図4 今回開発した作業の情報を登録するUI
3DCGや項目欄を活用し直感的に情報登録ができる

-そういえば、今回のSIMの進化させる目的の一つに、SIMを「誰もが使える」ツールへの変更もありましたね。

足立
はい。実は今回はトヨタがSIMの機能開発に注力し、SIMの作成や現場の作業カイゼンは現場をよく知る大林組メンバーにご担当いただきました。開発中のSIMを開発者のトヨタ以外の方が作成するというのは初めての試みでしたが、SIMの使い方を合宿でレクチャーすることで、大林組の方には短期間でSIM作成方法を習得いただきました。直感的なUIにしたことも効果がありました。また習得いただいた後は、大林組の方から工程計画者の視点でSIMのUIの改良案をいただくこともありました。

-大林組の方はどのくらいでSIMを完成させたのでしょうか。

足立
今回の工事のSIMは、最終的にはなんと2週間で作成いただきました。その結果、本来の目的である工事作業のカイゼン案検討に入ることができました。

-2週間!当初SIM作成には半年ぐらいと見積もっていたから、とても早いですね。SIMの作成速度が上がったことは、作業のカイゼン活動にも影響したのでしょうか。

足立
はい。SIMを使って現場の方と工事を観察すると、現場の方から作業のカイゼンのアイデアが出てきて活発な議論が行われました。現場から複数の作業カイゼン案が出てきた場合も、短期間で複数のSIM結果を紹介しその中からよりよい工程を選択することもできました。議論を重ねて作業のカイゼン活動が進む様子をみて、SIM作成時間を短くしたことが作業のカイゼン活動の促進につながったと確認できました。大林組の作業のカイゼン結果については大林組プレスリリースをご覧ください。
図5 現場と作業カイゼン案を議論する様子
図5 現場と作業カイゼン案を議論する様子

今後の展望について

-最後に今後の展望についてお聞かせください。

足立
今回SIMのコーディング方法の進化で、大規模な工事においてもSIMを活用したカイゼン活動が実施できました。SIMを使ったカイゼンは土木の現場だけでなく様々な現場にも適用できるのではと考えています。様々な現場で活用しつつ、SIMを進化させていきたいと思います。より多くの作業員をラクにするためにはSIMがどう進化すべきか、これからも大林組や現場の皆さんと考え、開発していきたいと思っています。
図6 プロジェクトメンバーの写真(筆者は右端)
図6 プロジェクトメンバーの写真(筆者は右端)

参考情報

*1 東名リニューアル工事(東名多摩川橋)
施工主
中日本高速道路株式会社
工事区間
東名多摩川橋 上下線(E1 東名 東京IC~東名川崎IC間)
工事概要
老朽化した橋梁のコンクリート床版を新しい床版に取り替える工事
工期
2021年11月下旬~2024年11月下旬(約3年間)
*2 床版接合工程とは
新規に設置された床版を固定するために、①床版と主桁の結合作業(超速硬無収縮モルタル打設)、②床版間の隙間プレート設置作業、③防水処理作業の計3つが互いに進捗を見ながら進めていく工程。モルタルとは建設材料のひとつで、セメントに砂と水などを加え練り混ぜて作る。

著者

足立 渚(あだち なぎさ)
R-フロンティア部 第2インフラシステムグループ 主任
これまではパートナーロボットの製品評価を担当。
本プロジェクトにおいては主にSIMの設計・評価を担当。

本件に関するお問い合わせ先

未来創生センター
メールアドレスxr-probot@mail.toyota.co.jp

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