2026年03月31日
やさしく触れることで未来を変える
「もしあなたのそばに、毎日寄り添い、ともに成長していく『パートナー』のようなロボットがいたら……」トヨタ自動車未来創生センターでは、人手不足や技能継承といった社会課題に向き合い、生産現場をはじめとするさまざまな場面でロボットが人の「パートナー」となる未来を目指し研究を行っています。その原点のひとつが、2012年に発表した生活支援ロボットHuman Support Robot(以下、HSR)*1*2です。近年、フィジカルAI*の進化により、ロボットが人の動きを模倣し、学習することで人と同等のスキルを習得していく可能性が大きく広がってきました。一方で、ロボットが周囲の環境やモノと接触する作業など、より複雑な動作に挑もうとすると難易度が高まります。今回は、研究メンバーの山田に、HSRの研究で明らかになった課題、そこから導かれた「次のモバイルマニピュレーターに必要な機能」、そして、それを具現化した新型ロボットELEY(エリー)について伺いました。
| * | ロボットがセンサーを通じて現実世界(物理空間)を捉え、状況に応じて動作を学習・最適化しながら自律的に動く技術の総称。 |
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モノに「触れる」とロボットは壊れる。だから「やさしく触れる腕」が必要になった
-HSRの研究成果を教えてください。
- 山田
- 研究を通じHSRは、自律で動き、素早くモノを目的地まで取りに行き戻ってくるマニピュレータへと進化したと思っています。自律で動く技術は、院内搬送ロボット「Potaro*3」に活用され、また認識しながら判断し、動作する技術はトヨタ自動車東日本株式会社内の工場ロボット「組プロ・ロボット*4」に活用されています。
-HSR研究成果は、ほかのロボット研究へ転用されていったんですね。HSR研究から見えた課題とは?
- 山田
- HSRの腕は、モノに触れながら作業をする際に大きな力をいなすことが苦手でした。目標としているモノをつかもうとしたとき、少しでも目標からずれると想定外の力がHSRの腕にかかり、故障につながっていました。しかし、人と共同で作業をしたり、モノを組み立てたりするためには、周囲の環境と接触することは避けられません。そこで、接触したときに力をうまく逃がす「やさしく触れる・触れられる腕」の研究*5を開始しました。
- HSRはモノに触れながら作業をするとき、外からの大きな力をいなすことが苦手
-まず従来のロボットの基本構造について教えてください
- 山田
- ロボットの基本構造は、簡単に言うとモータと減速機で構成されるアクチュエータが筋肉の役割を果たし、これがトルクを出して関節を回します。アルミなどの構造部材が骨として全体を支えています。周囲の環境にやさしく触れるためには、外から力が加わったときにアクチュエータが外力に抵抗せずに軽く回る必要があります。従来のロボット用アクチュエータは小型・軽量化のために高速回転するモータと高い減速比の減速機を組み合わせてトルクを増幅する構造が一般的でした。ただ、この構造ではロボットを外力で動かそうとしても動きにくく、結果、ロボットが周囲の環境と接触しないように制御が必要でした。
-従来のロボットは「外力では動きにくかった」のに対して、やさしくモノに触れるためにどのように工夫をしたのでしょうか?
- 山田
- 外力に対してロボットの腕を動かしやすくしていた方が接触の際の衝撃を緩和できます。この外力を加えて関節を回す力を、バックドライバビリティと呼んでおり、バックドライバビリティが高いと外力に対してロボットやアクチュエータが外から動かしやすいため、周囲の環境との接触が容易になります。また、減速機の摩擦や慣性はバックドライバビリティの低下の大きな要因になります。バックドライバビリティは、式1と定義されます。
- 山田
- ロボットアクチュエータの場合、低速(100min-1程度)で動作させることが多いため、コギングトルク項と慣性項の影響が特に重要になります。やさしく触れるための仕組みとして、私たちはロボットの関節アクチュエータに、準ダイレクトドライブ方式(QDD=Quasi Direct Drive)のアクチュエータを採用しました。QDDアクチュエータとは10:1以下の低減速比の減速機と大トルクのモータを組み合わせることで、トルクを維持しつつバックドライバビリティを高めることが可能になりました。これによりロボットが外力に対してしなやかに動き、周囲の環境にやさしく触れることが可能になります。
HSRからELEYへ。見えた課題を「新型機」に落とし込む
-ここまでの研究の延長線上にELEYがある、という理解で良いでしょうか?
- 山田
- はい。HSRの研究で、周囲の環境に触れるような作業を行うほど、ロボットには「やさしく触れる」だけでなく、触れた状態で作業を完遂できる身体性が必要だとわかってきました。QDDアクチュエータを採用し、バックドライバビリティを極限まで高めたロボットの腕を先行試作として開発した際は、カップを床に押し付けて置いたり、ドアの取っ手を握って開けたりといったタスクで、周囲の環境の力を十分いなせることを確認できました。一方で、長時間稼動したときの信頼性や、目標位置に手先を確実に到達させる精度で、課題が残りました。そこで、接触タスクを現場に近い形で成立させ、学習により自律性を高めていくための次世代機として開発したのがELEYです。
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- 新型ロボット ELEY
ELEYが目指すのは「周囲の環境にやさしく触れることができるロボット」
-やさしく触れることを具現化したのが、新型ロボットELEYなのですね。ELEYという名前の由来とコンセプトをおしえてください。
- 山田
- ELEYは「Embodied Learning robot for Enhanced Yieldの頭文字で、高い成果・生産性を目指す身体学習ロボットという意味です。デザインは愛着を感じていただけるように柔らかさを重視し、名前は日本語・英語どちらでも読みやすい名称にしました。
-外見やサイズ設計の際にこだわった点をお聞かせください。
- 山田
- 近年、AIの進化によりパラダイムシフトが起こり、従来のモデルベースの制御から、人の動作を模倣学習できるフィジカルAIが主流になってきました。フィジカルAI時代のロボットは、身体構造が人間に近いと人間の動きをそのまま模倣しやすいため、ELEYの関節構造は人間と同じように設計しました。関節間の長さや腕の太さなどの寸法にもこだわり、日本人の平均成人男性のサイズに合わせて設計しました。
-ELEYには肩甲骨があるのですね。
- 山田
- はい。肩甲骨軸を新たに追加した理由ですが、人が腕でモノを押し込む、リーチを伸ばす、ビンの蓋を開けるなどの両腕で作業をする際、人が肩甲骨を多用しているためです。HSRには肩甲骨軸がなく、そのため動きが制限されていました。今回の追加でより人間に近い可動域が得られ、実作業での柔軟性が向上しています。
-ELEYが周囲の環境に触れる際の精度にもこだわりがあるのでしょうか?
- 山田
- 先行試作ではELEYが指定した場所にどれだけズレなく動けるかが課題でした。そこで、ワイヤーや樹脂ベルトを使わない直接駆動方式に変更し精度を向上させました。また全軸QDDアクチュエータを採用し、高バックドライバビリティと低慣性を実現しました。その結果、外力で軽く回り、周囲の環境にやさしく触れることができる腕を実現しました。
- データを1時間集めて処理し、ELEYに実装
-最後に、このELEYの研究をどう発展させていくか教えてください。
- 山田
- 今回製作したELEYで、世界に追いついていないと思う課題が大きく3つあります。 ①長時間稼働の信頼性、②手先を毎回同じ場所に高精度で到達できる再現性、そして③ロボットが学習する際のベースとなるデータ基盤です。ELEYを生産現場で現場に近い条件で使い、失敗も含めて学習データに変え、改善を短サイクルで回すことを計画しています。近い将来、ELEYが生産現場で仲間と一緒に働き、活躍できるパートナーロボットになれるように研究を進めていきます。
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- 製作途中のELEYと研究メンバー。筆者は最前列左。
著者
山田 俊秀(やまだ としひで)
未来創生センター R-フロンティア部 工場革新ロボティクスG
本件に関するお問い合わせ先
- 未来創生センター
- メールアドレスfrc_pr@mail.toyota.co.jp
