第7回 Genki空間®研究の取り組み
  • すべての人に健康と福祉を
  • 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 住み続けられるまちづくりを

トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)未来創生センターと株式会社豊田中央研究所(以下、豊田中研)では、人を心身ともに良好にする空間を目指した「Genki空間®研究」に共同で取り組んでいます*1-6。第3回 Genki空間®研究の取り組みでは、自然の空気質の「人への効果」、特に皮膚の共生微生物叢に着目した研究について触れました。今回は、自然の空気質の「免疫系への効果」について、研究しているメンバー(曽我、池内、大槻)に話を伺いました。

今回お話しを伺ったメンバー(左から)トヨタ 未来創生センター グループマネージャー 曽我 直樹 トヨタ 安全健康推進部 技術部門産業医 大槻 洋三 豊田中研 バイオインスパイアード研究領域 リーディングリサーチャー 池内 暁紀
今回お話しを伺ったメンバー(左から)
トヨタ 未来創生センター グループマネージャー 曽我 直樹
トヨタ 安全健康推進部 技術部門産業医 大槻 洋三
豊田中研 バイオインスパイアード研究領域 リーディングリサーチャー 池内 暁紀

-Genki空間®研究で、なぜ「免疫」に着目したのでしょうか?

曽我
自然が人へ与える効果の研究では、緑の見え方など「視覚情報」を刺激として取り扱うことが多いですが、Genki空間®研究では、空気質(空気中の微生物叢や化学物質)といった“目に見えない自然”の力を「バイオの視点」から捉える研究も進めています。
池内
興味深いことに、森林浴など自然環境に触れると免疫細胞の一種であるナチュラルキラー細胞(Natural Killer細胞、以下、NK細胞)の活性が向上することが先行研究*7で報告されています。その理由の一つとして“植物由来の化学物質(植物ケモシグナル〔Chemosignal〕、以下、植物CS)”の影響が考えられており、Genki空間®研究が目指す「自然の空気質」の価値を検証する手がかりになるのではないかと考えました。

-免疫とNK細胞の関係についてもう少し詳しく教えてください。

曽我
ヒト免疫系は大きく「自然免疫」と「獲得免疫」に分けられます。自然免疫は、体内に入ってきたウイルスや細菌などの病原体に対して、免疫細胞がすばやく反応して排除する“初動”の防御機構です。獲得免疫は、自然免疫に関与する細胞から橋渡しされた侵入した病原体の情報を学習、記憶し、次回以降、記憶した情報を元に特異的に対処する仕組みで、ワクチンはこの働きを利用しています。
図1 ヒト免疫系の概略図
図1 ヒト免疫系の概略図
大槻
身の周りには、さまざまな病原体が存在しており、私たちは日々、体内に侵入してきた病原体と戦い、感染を防ぎながら生活しています。つまり、健康で過ごすためには「自然免疫」がきちんと働いていることがとても重要です。そして、自然免疫の中でも、常に体内を巡回してウイルス感染細胞や腫瘍細胞といった異常細胞を見つけ、攻撃し排除する役割を担っているのがNK細胞です。コロナ禍でよく耳にした「免疫力」という言葉は、こうしたNK細胞の働き(攻撃力)を指している、とも言われています。

-NK細胞の攻撃力は、どのように測るのでしょうか。とても難しそうですが、何か工夫した点はありましたか?

大槻
一般的に、NK細胞の攻撃力は、採血によって得られた血中細胞と癌細胞を試験管内で混ぜ合わせることで評価します。血中細胞に含まれるNK細胞は標的である癌細胞を攻撃するため、一定時間内に死滅した癌細胞の数をNK細胞の攻撃力として扱います。
池内
血中細胞にはNK細胞以外にもさまざまな細胞が存在しており、NK細胞の数は個人や日によっても変わります。そのため、死滅した癌細胞の数のみを評価していても個々のNK細胞の攻撃力が変化したのか、NK細胞の数が変化したのかを区別できません。私たちが評価したいのは、個々のNK細胞自体の攻撃力なので、一般的な評価系を改良する必要がありました。
曽我
そこで私たちは、血中細胞の中にNK細胞がどのくらい存在するのかを測定し、個々のNK細胞が持つ攻撃力(NK細胞活性)を算出しました。このNK細胞活性の測定により、NK細胞の能力の変化をより精度高く評価することができるようになりました。

-NK細胞活性はどのくらい上がると良いのでしょうか?

池内
生体内に存在する細胞の活性などは、個人差も大きく、また、採血時間によっても変化します。そのため、NK細胞活性がどの程度だと良いということに着目した先行研究は見つかりませんでした。そこで、採血時間を固定し、月に2~3回くらいの頻度で1年間NK細胞活性を調べ続けることで、調子が良い時、悪い時でどの程度の変動があるのかを調べました。その結果、NK細胞活性の平均値は個人差がみられるものの、その変化度合いは個人によらず±18%程度になることがわかりました(図2)。
図2 NK細胞活性の日間変動 被験者1名の1年間におけるNK細胞活性の日間変動
図2 NK細胞活性の日間変動
被験者1名の1年間におけるNK細胞活性の日間変動

-どの空気質(植物CS)がNK細胞活性に良い効果をもたらすのですか?

曽我
先行研究では、ヒノキなど数種類の樹木由来の植物CSがNK細胞活性の向上に関与するのではないか、と報告されています*7。そこで、数十種類もの植物CSをそれぞれ試験管内でNK細胞と混ぜ合わせ、その時のNK細胞活性を調べました。
図3 NK細胞活性に影響を及ぼす植物CSのスクリーニング 赤色のバーは有意なNK細胞活性の向上が確認された植物CS(p<0.05)
図3 NK細胞活性に影響を及ぼす植物CSのスクリーニング
赤色のバーは有意なNK細胞活性の向上が確認された植物CS(p<0.05)
池内
驚いたことに10種類以上の植物CSがNK細胞に良い影響を与えることがわかりました。これらが本当に人に良い効果があるのかを調べるため、一番効果が高かった植物CS、クラリセージ*8を用いて人試験をおこなうことにしました。

-クラリセージの植物CSが人に与える影響をどのような実験で評価したのですか?

曽我
人への効果を見る上で重要だったのは、試験期間中に植物CSを継続的に吸入できる環境を整えることでした。そこで、日常生活の中でも吸入を続けられるよう、マスクを用いました。マスクに植物CSを塗布した時としていない時で試験を実施し、マスク着用前(吸入前)と着用した次の日(吸入後)でNK細胞活性がどのくらい変化したのかを調べました。
池内
被験者男女13名でおこなったところ、植物CSを吸入しなかった時は変化が見られなかったのに対し、植物CSを吸入した時はNK細胞活性が20%向上していることがわかりました(図4)*9。
図4 植物CS吸入によるNK細胞活性の変化
図4 植物CS吸入によるNK細胞活性の変化
大槻
今回得られた20%向上が、NK細胞活性の日間変動幅と同程度であることは興味深い点です。日々の生活では、調子が良い時、悪い時があります。今回の結果から、植物CSの吸入には、身体の状態を大きく変えるというより、日常的な変動の中で、より良い状態へと後押しするような効果がある可能性が示されました。まさに、心身ともに良好な状態を目指すGenki空間®研究のコンセプトに沿った結果であると考えられます。

-この研究の今後について教えてください。

池内
植物CSには、第3回で紹介したように皮膚の悪玉菌の生育を抑える効果を持つものもあります。こうした生体反応(皮膚微生物叢や免疫)まで踏み込んで自然の力を評価し、空間実装につなげる点が、Genki空間®研究の強みだと考えています。それぞれに良い効果を持つ植物CSを組み合わせた空間に滞在することで心身の健康につながるような「Genki空間®」の実現を目指していきたいです。
曽我
今回は自然の空気質のうち植物CSが及ぼす影響についてご紹介しました。今後は、第2回で紹介した空気質のもう一つの重要な要素である空気中の微生物叢が免疫にどのような効果を与えるのかについて調べていき、将来的には、自然の空気質を実装した空間を実現したいです。
藤田医科大学 齋藤 竹生先生

共同研究先 藤田医科大学 齋藤 竹生先生からのメッセージ

私たち人を含めた生き物は、外部の環境が変化しても、体の中の状態を一定に保とうとする仕組みを持っています。この仕組みは、自律神経やホルモン、免疫といったシステムの働きによって維持されています。しかし、外部からの刺激にうまく対応できず、このシステムがうまく働かなくなると不調が現れます。実は、外部の環境からの刺激が私たちの体に具体的にどう影響しているのか、まだわかっていないことがたくさんあります。だからこそ、今回の研究のように「私たちをとりまく環境が体にどんな変化をもたらすのか」というデータの積み重ねが、私たちがGenkiであり続けるために「どんな環境が必要なのか」を知るための大切なヒントになると考えています。

藤田医科大学・医学部・精神神経科学 准教授/トヨタ 人事部T-CaRSグループ

藤田医科大学 齋藤 竹生先生

本件に関するお問い合わせ先

未来創生センター
メールアドレスfrc_pr@mail.toyota.co.jp

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