Genki空間®は本当に人を元気にしているか
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トヨタ自動車株式会社 未来創生センター(以下、トヨタ)と株式会社豊田中央研究所(以下、豊田中研)では、人を心身ともに良好にする空間を目指した「Genki空間®研究」に共同で取り組んでいます*1*2*3第3回では皮膚に共生する微生物に着目し自然の空気質による人への効果について紹介しました。第4回では人の心と身体(心理と生理)という観点から自然の効果を研究しているメンバー(今村、榊原、山田、山口)に話を伺いました。

-どのような研究をしているか教えてください。

今村
「森林浴」という言葉があるように、自然に触れると「心地良い、リラックスする」という方が多いと思います。自然が人に与える影響を調べる従来研究では、人の心身状態に影響があると言われている温度、湿度、風、光などの条件を自然の中で揃えて生理計測を行うことが困難でした。そのため、自然の中にいることで人の気持ちだけが変化するのか、人の身体も生理的に変化するのか、を検証することが十分にできませんでした。
榊原
Genki空間®研究プロジェクトで作製したGenki-tronTMは、トヨタの敷地内に自然に近い空間を再現した実験室で、温度、湿度、明るさが制御でき、自然を目で見て肌で感じられる実験環境です。私たちはGenki-tronTMを用いて、「Genki空間®に入ると、本当に人は元気になっているか?」をアンケートだけでなく、人の生理データを使って明らかにする研究を行っています。

-どのような生理データを計測し、それらから私たちの何が分かるのでしょうか?

脳・自律神経の活動とそれを測るセンサ(血流センサ、心電センサ、脈波センサ)
山口

私たちは、人の生理状態を自律神経の活動と脳の活動で捉えています。自律神経系には交感神経系と副交感神経系とがあり、緊張すると交感神経系が、リラックスすると副交感神経系が優位になると言われています。心電センサや脈波センサで計測されるデータによって、交感神経系と副交感神経系の働きを調べると、緊張とリラックスの程度が分かります。

また脳の活動は、額付近の脳血流を見ることで測定します。一般的に、疲労や計算によって脳が活性化されると消費された酸素を補給するために脳血流が増加し、脳が鎮静化すると脳血流が減少すると言われることから、脳血流量が脳の活性度を示すものと考えられています。

-自然は私たちにどのような効果を与えていたのでしょうか?

山口
Genki空間®での実験から、自然は人の疲労感(倦怠感)を軽減させ、集中とパフォーマンスを上げること、さらに植物の形状などの違いによって人の疲労感を軽減させる度合いが異なることが示唆されました*4*5*6*7*8*9。今回は疲労感への効果を中心に、詳しくお話ししたいと思います。それでは今村さん、どのような実験をしたのかご説明いただけますか。
疲労感と脳血流の関係。疲労感が大きい時に、脳血流の左右差も大きくなる。
今村
まず初めに疲労感を測るモノサシ(指標)をつくるための実験として、参加者の方に頭をフル回転しなければ解けないゲームをやってもらいました。またゲームの前後で疲労感に関するアンケートと脳血流データを取りました。上図は、ゲーム前後の疲労感の変化と脳血流データの一つである酸素化ヘモグロビン(O2Hb)の左右差の変化をプロットしたものです。疲労感が増えたときに、酸素化ヘモグロビンの左右差も増えていることが分かります*4*9。この図はまた後で出てきますよ。
Genki空間®をもちいた実験の流れ。4種類の空間にそれぞれ20分滞在し、生理計測データと空間滞在前後のアンケートを取得。
今村
次に植物の形状などの効果を調べる実験をしました。Genki-tronTMは、3つの部屋に葉の形状の近い植物群がそれぞれ植栽されており、小さい葉をもつ植物群の「点の部屋」、細長い葉をもつ植物群の「線の部屋」、大きく広い葉をもつ植物群の「面の部屋」があります。これら3つの部屋はそれぞれ異なる効果を期待して作製されており*1、「点の部屋」は疲労感軽減、「線の部屋」は集中力アップ、「面の部屋」は活力アップが期待される空間です。30~40歳代の女性8名に、4日間、実験に参加していただき、これら3つの植物のある部屋(点、線、面)と植物のない1つの部屋(図中にはCont.と記載)に滞在する実験を、1日1条件ずつ行いました。参加者には各部屋に20分間滞在してもらい、その前後の主観評価や生理計測データの変化を比較しました。まず初めに主観評価アンケートの結果を見てみましょう。
空間ごとの疲労感・倦怠感の変化。植物ありの部屋は倦怠感と疲労感が軽減する。
榊原
アンケート結果では、植物のない部屋に滞在していると疲労感と倦怠感が上がったのに対し、植物のある部屋、特に点や線の部屋では疲労感も倦怠感も下がっています。植物のある空間に滞在したことで疲労感・倦怠感が軽減されていたことがわかりました*5
植物ありの部屋となしの部屋に入った時の脳血流の変化。植物ありの部屋に入った時には、脳血流の左右差が小さくなる。
今村
次に、先ほどご紹介した「疲労感を測るモノサシ」(上図(左))を使って、疲労感が空間滞在前後でどのように変化したかをみてみましょう。上図(右)は、酸素化ヘモグロビン(O2Hb)左右差の時間変化です。植物のある3部屋に入ると、植物なしの部屋に比べて酸素化ヘモグロビン左右差が低下していることから、植物の効果として疲労感低減が推測できます*6*7
Genki空間®(点の部屋)の自律神経系の効果。点の部屋に入ると、自律神経を程よく調節してくれる。
山田
ここまでは脳活動とGenki空間®との関係についての結果でしたが、自律神経活動とGenki空間®との関係を心臓の鼓動(心拍)から解き明かす研究も進めています。心拍のバラツキ具合やその変化の仕方について注目しています。ここからは榊原さんに心拍のバラツキ具合から見たGenki空間®の効果について話をしていただこうと思います。
榊原
はい。心拍のバラツキ具合を示す指標の一つである心拍間隔変動係数が、空間滞在前と滞在中でどう変わったかを見てみました(上図)。点の部屋のグラフに注目すると、直線が右肩下がりの傾きになっていますよね。これは点の部屋に入る前に緊張していた人は点の部屋に入るとリラックスし、逆にリラックスしていた人は部屋に入ると緊張したということを示しています。言い換えると、今回の研究では植物のある空間に滞在することが人の自律神経活動を程よく調整してくれる効果も確認できたのではと考えています*8

-Genki空間®は私たちの気持ちだけでなく、ちゃんと体にも作用しているんですね。

山田
そうなのです。Genki空間®はこのように脳活動と自律神経活動を変化させているのではないかと私たちは考えています。自律神経活動の変化をさらに詳細に調べることができる手法の開発を進めています。この成果についても、いつかご紹介できる機会あればと思っています。

-楽しみにしています。本日はありがとうございました。

山口雄平、今村千絵、榊原清美、山田整

参考情報

*1 トヨタ自動車 未来創生センター 未来につながる研究、第1回 Genki空間®研究の取り組み(前編) ~自然を「切り取った」空間を実験室に再現~
*2 トヨタ自動車 未来創生センター 未来につながる研究、第2回 Genki空間®研究の取り組み(後編)~新しい世界を切りひらく空気質研究~
*3 トヨタ自動車 未来創生センター 未来につながる研究、第3回 Genki空間®研究の取り組み~自然の空気質による“人への効果”について~
*4 日本建築学会学術講演梗概集(2020)40041, 今村ら, Well-being を目指したバイオフィリア空間の研究(その5)疲労感への影響評価 ~NIRSと自律神経指標~
*5 日本心理学会大会発表抄録集(2020) p 375, 榊原ら, 緑化空間での植物静観が疲労感に及ぼす影響 -生体指標を用いた評価-
*6 日本建築学会学術講演梗概集(2021)40081, 今村ら, Well-beingを目指したバイオフィリア空間の研究(その8)室内のバイオフィリア空間に滞在することによる生理学的効果
*7 Imamura C, Sakakibara K, Arai K, Ohira H, Yamaguchi Y, Yamada H. Effect of Indoor Forest Bathing on Reducing Feelings of Fatigue Using Cerebral Activity as an Indicator. International Journal of Environmental Research and Public Health. 2022; 19(11):6672.
*8 日本心理学会大会発表抄録集(2021) p 108, 榊原ら, 緑化空間での植物静観が疲労感に及ぼす影響(第2報)-自律神経指標を用いた評価-
*9 生理心理学と精神生理学(2020) 38(2), 87, 今村ら, NIRSと自律神経指標による日常の疲労感評価
*10 本研究はトヨタ出向中に実施。豊田中研帰任後も、同研究継続中

本件に関するお問い合わせ先

未来創生センター
メールアドレスxr-probot@mail.toyota.co.jp