


ピエール゠オーギュスト・ルノワール《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》
1876年,油彩、カンヴァス,131.5 × 176.5 cm,オルセー美術館、パリ / Artvee
クロード・モネ《ラ・グルヌイエール》
1869年,油彩、カンヴァス,74.6 × 99.7 cm,メトロポリタン美術館、ニューヨーク/ Stefano Bianchetti / Bridgeman Images
カミーユ・ピサロ《オペラ大通り、朝の日差し》
1898年,油彩、カンヴァス,66 × 81.9 cm,フィラデルフィア美術館 / Artvee
第1章印象派と近代都市パリ
19世紀後半のパリは、セーヌ県知事オスマンによる都市改造を通じて広い大通りや公園が整備され、鉄道駅、劇場、カフェ、百貨店などが造られ、人々の生活や余暇のあり方が大きく変化した、近代都市でした。
このように変貌するパリとそこに生きる人々は、印象派の画家たちに新たな主題を提供しました。彼らは歴史や神話を重んじる伝統的な絵画から離れ、大通りを行き交う群衆、駅を包む汽車が吐き出す蒸気、カフェや劇場、郊外の行楽地で娯楽など、同時代に目にすることができる日常の場面を描きました。 また、鉄道の発達は都市と郊外を結び、画家たちをセーヌ河畔や観光地へと導きました。彼らは戸外で制作し、刻々と変化する光や大気を、明るい色彩と素早い筆触によって捉えようとしました。一方、開国後の日本からパリにもたらされた浮世絵や工芸品は、大胆な構図、平面的な色彩、思いがけない画面の切り取り方によって、西洋の伝統とは異なる視覚を示しました。
印象派は、近代化によって生まれた都市生活と、日本美術を含む新たな文化が交差するパリにおいて誕生したのです。パリは、印象派の画家たちが描いた主題であると同時に、新しい絵画表現を育んだ創造の場でもありました。