気がつけば18年以上ハイラックス開発に…背骨が震える喜び!
私は1967年の入社以来、クルマの足回りの設計等を長年経験し、1980年に製品企画部門のハイラックスの担当になりました。3代目ハイラックスで初めて4WDが登場し、前代未聞の車高の高さで大きなインパクトがあった中、次の4代目の開発方針が決まっていたタイミングでした。
その4代目の開発テーマは“見てトラック、乗って乗用車”で、トラック機能の充実だけでなく乗心地や運転性能の良い乗用車としても使える車を目指し、従来のトラックの働くクルマのイメージを変え、乗用車としても使えるクルマとして開発されました。
そして5代目の開発テーマは“Macho / Sophisticated”として、力強くかつ洗練された車への進化が目標として掲げられました。
設計は部位部品ごとで行い、評価は各機能の性能ごとにそれぞれ関係会社にも委託して行います。また、生産は内製だけでなく関連会社へも生産委託していて、生産技術の折り込みも複雑で、関係者全員の意識を統一するためには、やはり開発テーマの設定が必要でした。
ボデーバリエーションでは、シングルキャブ、ダブルキャブに新たにエキストラキャブが追加されました。これは居住性を良くするだけでなく、更にキャビンを拡大することにより後席にジャンプシートを設定することができたのです。
また、ハイラックスサーフは2ドアだけでなく4ドアも追加になりましたが、逆に2ドアは米国の25%関税のために価格が上昇したので、結局廃止になりました。
相反するものを両立させ進化させることが、ハイラックス開発の使命
それは開発テーマからも明らかですが、例えば高速走行性能と4WD性能を例にとると、高速走行では低い重心・長いホイールベース・軽いばね下重量が良いのですが、4WDの不整地走行のためには高い車高・大きいタイヤ・短いホイールベースが必要になります。
積載量を例にとると、基本は1トン車ですが、北米では若者が生活をエンジョイするために使われることが多かったので0.5トン積みとして乗り心地を重視する必要がありました。
一方、東南アジアでは1トン以上の積載が多く、特にタイでは40人も乗り込むバスに改造されることもあるので、それに耐えうる対応が必要でした。
それらの様々な用途に最適となるよう、エンジンもガソリン/ディーゼルともに多数ラインナップされたのです。
ハイラックスシリーズのバリエーションの充実
ハイラックスサーフは、北米中心に開発しましたが、日本国内でもSUV愛好家が増えたので、独立して専用の開発ができるようになりました。導入当初は、サーフは国内では不要とのことだったのですが「これからは青白きインテリではなく、フィジカルエリートがモテるようになるから」と社内を説得したのが懐かしく思い出されます。
ハイラックスサーフの開発テーマは“海へ山へパーティへ”として、海や山の不整地へも自由に行けるのに、ホテルにも乗っていける車を目指しました。
また国内では発売当初から販売店に色々なディーラーオプションを準備していただき、大変心強く有難かったですね。
米国向けハイラックスは5代目の途中からサンフランシスコ近郊のGMとの合弁生産事業体であるNUMMIで生産されていて、次世代車はハイラックスから独立し北米専用車のTACOMAとなりました。
その北米専用車の開発テーマを“アメリカ人のアメリカ人によるアメリカ人のための”として、旗をふりました。
ロスアンゼルス近郊でデザインコンセプトが創られ、デトロイト近郊のトヨタテクニカルセンターにお世話になりながら部品メーカーさんと討議を重ねました。そしてNUMMIで生産し、米国トヨタで様々なオプションを装着することなどを実現させました。
アメリカ人好みの大きなV6エンジンを載せたショートトラックの発進性能は、ジャーナリスト発表会で“ロケットだ~”と言われたことを思い出します。
なお、フルサイズのタンドラやセコイアも、最初はハイラックスの兄貴分として始まりましたが、長い黎明期を経た後に、立派なフルサイズに成長し、特にセコイアは3列目のシートに180㎝の人が乗車できる本格的なフルサイズに仕上げられました。
この車の企画当初には、ハイラックスをコンパクトとフルサイズの中間の大きさにするという案もでましたが、はじめから2本立てを目指したのが今となっては正解でした。
チーフエンジニアとして、6代目ハイラックスと向き合う
6代目ハイラックスの開発テーマは“Fun To Drive, Tough For Work”です。また、タイなどの海外生産が約半分を占めるまでになっていたので、設備投資抑制のために開発は集中と選択が必要でした。一方、導入している約140ヶ国からの個別の要望にも極力対応しました。
基本部分として、居住性の向上のため、シングルキャブはキャブの高さを30mm拡大し、ダブルキャブは更にキャブの長さを50mm延長。エキストラキャブの積載量は0.5トンから0.75トンに増やしました。
エンジンについては、ガソリンは従来の1.8Lの他は、新シリーズの2.0、2.4、2.7Lへ、ディーゼルは2.4、2.4ターボ、2.8、3.0Lへ、各種用途への対応を可能にしました。
実用車として使っていただくためには、リーズナブルであることが大事
アジア・中東・アフリカなどで広く使っていただくためには外観も大事ですが耐久性や実用性が重要であり、価格はリーズナブルにする必要があります。
特にコスト削減は大幅な円高にも直面し、大変な努力が必要でした。振り返ってみると、5年ごとのモデルチェンジの度に、為替が3割ずつ円高になって行くなか、それを吸収しながら、逆にコストのかかる商品性の向上を目指し、皆で知恵を出し合いました。
また、走行性能と燃費向上のためにも、車両重量を30㎏軽量化しましたが、単なる材料置換ではなく“車の値段は鶏肉と一緒、100g=100円”という認識で、軽量化と原価低減を同時に推進してもらいました。部品点数削減のため、例えばグレードは1種類に、内装色も1色(中近東のみは更に1色)に絞りました。
現地現物で具体化する
ハイラックスは、世界約140ヶ国でお使いいただいていましたので現地に実際に出向いて、実情を見せてもらい、ディーラーにも直接相談し要望を伺ってきました。
タイでは、テールゲートデザインのラインオフ直前での変更要望にも対応しました。エキストラキャブは、奢侈税のかからないトラックでしたが、実質的にはほぼ乗用用途でしたので、そのニーズに合わせヘッドランプを異形ランプにするなどスタイリッシュにしました。
オーストラリアでは郊外での高速走行でのニーズに合わせアウトサイドミラーを改良しました。また、雨後の泥濘地の走行をする機会が多いため、そのような環境にも強い車に仕上げました。
なおオーストラリアへは、日本からの輸出をタイからの輸出に変更することになったのですが、オーストラリアのディーラーさんの不安を払拭するため、タイの生産ラインを実際に確認していただき、トヨタ品質で生産されていることにご安心いただきました。
ニュージーランドでは牧場の見回りに同乗し、30°近い傾斜地の走行や、小川の渡渉なども実体験してニーズを確認できました。
中東では気温52℃の暑さやオアシスの有難さを体験し、エンジン水温計の重要性を認識し、信頼性向上に留意しました。また、非舗装路走行を体験して、リヤアクスルのドレーンプラグの保護の必要性を理解しました。中東特有のテープストライプのデザインや、ホイールキャップの黄金色塗装、専用ボンネットオーナメントなども現地の皆さんとの議論の産物です。
南アフリカでは郊外の非舗装路の高速走行にも対応したバネ合わせができました。また、現地の要望でこの国専用に1.8Lエンジンを設定しました。
アルゼンチンでは、イグアスの滝の泥色で判るように土の粒子が細かいので、小さい隙間からのホコリの侵入に注意しました。
国内向けには、ダブルキャブ4WDにムーンルーフを設定し、色々な用途に応えられるよう発売当初から専用のディーラーオプションを設定いただきました。
背骨が震える喜び
ハイラックスは6代目も世界中の方々の生活や仕事を支えるクルマとして広く受け入れていただけました。ただ、7代目からは海外専用モデルとなったため、日本国内向けとしてはこの6代目がいったん最終モデルとなりました。しかし約9000台が今も日本国内で走っていて、そのオーナーの方々がハイラックス以外に乗り換える車がないとおっしゃってくださり、13年ぶりに8代目が国内販売復活となったと聞きました。18年以上もハイラックスにかかわってきて、これほど嬉しいことはありません。この嬉しさを関係の皆さんと分かち合いたいと思います。
以前に、アメリカ中部の郊外のモーテルで駐車場に堂々と停まっているTACOMAを見たときには、感動のあまり背骨がブルブルッと自励振動を起こしました。
また、映画“バックトゥザフューチャー”の主人公の理想の車が、色々と装備したハイラックスエキストラキャブ4WDだったのを思い出しました。
今後どこかで8代目ハイラックスに遭遇した時に「背骨が震える」のが、今から楽しみです。
本当にありがとうございました。
- 6代目ハイラックス開発責任者
- 石河 正顕(イシコ マサアキ)
- 昭和42年4月
- トヨタ自動車工業株式会社入社
- 昭和50年2月
- 東京支社 技術部
- 昭和55年2月
- 製品企画室 HILUX担当
- 平成6年1月
- 製品企画室 主査(チーフエンジニア)
- 平成10年10月
- 退社(関連会社へ出向)