相棒として『信頼』されるハイラックスを目指して
クラウンやマークX、ハリアーの設計を担当し、また、iQのチーフエンジニアとして、主に先進国の乗用車を開発してきた私にとって、ハイラックスのチーフエンジニアになることは、驚きでしかなかったです。小型トラックで未舗装路も多い新興国を中心にグローバルに販売しているハイラックスに、正直あまり乗ったこともありませんでした。ただトヨタとしてクラウン、カローラ、ハイエースと並び、長年愛され続けている歴史あるクルマで、ハイラックスが小型トラックとしてこのまま進むべきなのか、それとも新たな価値を見出すべきなのか。私の使命は、長年乗用車開発で培ってきた乗り心地のよさ、快適性、なにより上質感、ハイラックスのラックスはラグジュアリーの意なので、タフさはもちろんのこと、高いレベルでの上質感をあわせ持つ、これからのピックアップを生み出すことだと思いました。
ですから今までの歴史に敬意を払いながらも、私がやるべきは「破壊と創造」です。そのためにプラットフォーム、エンジン、トランスミッションなどすべてを新規に開発することを決めました。そして世界中でどのように乗られていて、使われているか、徹底的に自分たちが知ろうと、とにかく現場を観に行きました。すると平日は仕事、週末は家族でキャンプと、ハイラックスがいかに幅広く使われているかを目の当たりにしました。乗用車的に乗られるかたから純粋に仕事に使われるかたまでいろいろおられて。私も商用でハイラックスにお乗りのかたにお会いした際、そのオーナーがまるで仲間の肩を叩くかのようにハイラックスのボデーを叩きながら「ハイラックスは僕の大切な相棒なんだよ」とおっしゃられたことに感動しました。クルマが道具ではなく相棒。クルマを仕事に使うのではなく、一緒に仕事をする相棒として生活の一部にもなる。今まで私は、クルマはかっこよくて、走る、曲がる、止まるがしっかりしていることが重要だと思っていましたが、クルマに対する愛着を相棒とおっしゃっていて。豊田社長が「愛車というように愛のつく工業製品はクルマしかない」ということの真意をここで体感しました。まるで相棒の「相」が「愛」と思えるくらい心酔しました。そしてもうひとかた、南米で農場経営されているオーナーにお会いした時、自宅から農場の入口まではレクサスLSで行って、そこからハイラックスに乗り換えて農場に入っていきました。そこでハイラックスを運転しながらオーナーが「ハイラックスは本当にいいクルマだ。騒音も振動も少なく、乗り心地もいい」とおっしゃってびっくりしました。農場までLSに乗っているのだから、それと比較したらそんなことはありえません。ただ気づいたのは、お客様がご自身の感性をアジャストして、未舗装路を走るのだからこれで満足だと、価値観をクルマや環境によって変えているということです。できることなら上級車相当の乗り心地、静粛性があればよりストレスフリーで仕事をしていただけると単純に思いました。そこで私たちが進んでいくべき道が見えました。それは今まで続いているハイラックスの進化をさらに深めることとともに、ハイラックスのラックス、ラグジュアリーの要素をより多く8代目に取り入れることだと。
あらためて「TOUGH」を再定義する
乗用車をずっと開発してきた私にとってありがたかったのは、商用車やオフロードを走るクルマ作りの経験豊富なスタッフが多くいてくれたことです。彼らの経験、現場で観て体感してきたこと、そして私の経験を組み合わせるのではなく、ばらばらにして混ぜ込むような感覚でアイデアを生み出していきました。コンセプトが見え始めてきたときにやはり大切なことは、何よりハイラックスは「LIFE」を支えるクルマだということでした。人々の生活を支えるクルマであり、砂漠など過酷な環境下でも必ず自宅まで帰って来られる、人々の命をも支えるクルマであることが大事だということを実感しました。ですから原点に立ち返ってタフさを再定義する意味も込めて、開発キーワードを「Tougher than we can imagine」としました。お客様へは「Tougher than you can imagine」となるのが普通ですが、今までハイラックスを開発してきたスタッフのタフに対する相場感をもっと上に引き上げるため、私たちが想像している以上のタフさを追い求めようと決めました。信頼性、耐久性、悪路走破性の高さなど従来からあるタフさをさらに高めた上で、静粛性を向上させることでストレスを軽減し、より運転に集中しやすくなることもタフさを向上させる要素のひとつですし、燃費をよくし1回の給油で走れる距離を長くすることで人里離れた場所も安心して走れることもタフさのひとつになります。こうして新たな価値を加え、今までの伝統に厚みを増すのが8代目ハイラックスだと思いました。
“当たり前”を脱却した新ディーゼルエンジン
コンセプトを具現化するのに重要な開発要素のひとつが、ディーゼルエンジンでした。ガソリンエンジンと比較して確かにディーゼルエンジンは音がうるさい。運転していると車内に燃焼音が聞こえてきます。エンジン開発担当は、出力やトルクなどの目標値から入りがちですが、それは任せるからとにかくこの音を静かにするよう指示しました。彼らはエンジン開発のプロで、出力、トルクはしっかり満足のいくものを作ってくれると信じていましたから、燃焼音を軽減する新たな挑戦をしてもらいました。結果、新開発のGD系エンジンはとても静粛性が高くなりました。車内に乗って走りだすと、ハイラックスという乗り物の世界が、がらっと変わるんです。今までの経験上、これくらいできていればいいと思ったら、技術の進化は止まってしまうんです。エンジンだけに限らず、日々カイゼン、ずっとEver Better、成長し続ける挑戦こそがエンジニアにとって大切であり、私自身も8代目をラインオフ時点がゴールだと思わず、継続してどこまでもいいものを追求し続けていきました。
デザインがこのクルマの進むべき道を指し示してくれた
8代目ハイラックスで最も産みの苦しみを味わったのはデザイナーです。「Tough and Emotional」をテーマにSUVのような流麗さ、上質感を表現したい。しかしハイラックスはオフロードを走るから、アプローチアングルやデパーチャーアングルをよくしたり、荷台はデザインの余地が少ないため、車体が大きいわりに、デザインできるキャンバス自体はとても限られています。それでも前から見たら、ピックアップとは気づかないデザイン、ドライビングしているときもピックアップであることを忘れてしまう上質なインテリア、ピックアップではなくSUVであるように思えるデザインにこだわりました。そしてどこかにマッシブさがある。別素材でオーバーフェンダーを取り付けるのではなく、ボデー自体にボリューム感を出してタフさを表現する。比較的初期の段階でデザインが出来上がったので、そのスケッチをチーム全員で見ることが出来たので、8代目ハイラックスの世界観が共有しやすくなり、目指すベクトルを同じ方向に向けられたことがとてもよかったと思っています。
インテリアは、商用車の武骨さをなくし、乗用車の質感にこだわりました。シフトレバーも商用車であれば長めですが、これを乗用車と同様に短くしました。2WDから4WDへの切り替えもレバーではなく、ダイヤルスイッチにしました。4WDならではのオールドファッションを排除し、乗用車テイストとし、それでいてある程度重厚感のある操作性を持たせた新しい4WDにしています。
次にサスペンションですが、荷台に荷物を載せるため、リヤはリーフスプリングです。ある地域では、野菜をたくさん積んで山を越え、ゆっくり走りながら街へ行商に行きます。そして野菜が売れたら、今度は空荷で速く走って家族の元へ帰ります。このような変化でもリヤサスペンションへの入力、安定性を同じようにしたいと思いました。今までは、ある程度荷物が載っている状態での安定性は評価していましたが、さらに空荷での安定性やSUVのような乗り心地のよさを追求しました。前を向いてドライブしていたら、インテリアの上質感とその乗り心地のよさでピックアップであることを忘れるくらいに開発メンバーが仕上げてくれました。
50周年を迎え、これからもタフなハイラックスであり続けるために
そしてピックアップならではの荷台ですが、開発の初期段階で視察に出向いた際、あるオーナーから昔のハイラックスより7代目のほうがタフでなくなっていると言われたことがありました。荷物を放り投げて荷台に載せたら、ホイールアーチが6代目は凹みにくかったが、7代目は簡単に凹むとのこと。どのデータを見ても6代目より7代目のほうが、クルマ全体の堅牢性は数値的には上がっていたのですが、ホイールアーチの凹むと言われた部分は、強度試験の評価箇所に入っていなかったんです。そこでタフの再定義として、過去の評価基準を変え、さらに多くの箇所の強度試験を増やし、ハイラックスでしかないような細かい評価試験を行うようにしました。
トヨタはG1型トラックで販売店とともに町一番のクルマ屋を目指しながら、カイゼンを重ね、お客様に育てていただいた歴史があります。そのトラックの系譜であるハイラックスもこの50年間、世界中のお客様の声をいただきながら、進化してきました。私が担当させていただいた8代目ハイラックスは、カンパニー制のなかでお客様の声を聞き、さらに早くカイゼンを重ね、進化を続けていきます。これからもハイラックスにぜひご期待ください。
- 8代目ハイラックス開発責任者(平成23年~平成28年)
- 中嶋 裕樹(ナカジマ ヒロキ)
- 昭和62年4月
- トヨタ自動車株式会社入社
- 平成20年6月
- トヨタ第2乗用車センターチーフエンジニア
- 平成23年9月
- 製品企画本部付(新興国)チーフエンジニア
- 平成26年4月
- 製品企画本部エグゼクティブチーフエンジニア
- 平成27年4月
- 常務役員就任(現在に至る)
- 平成28年4月
- CV Company Executive Vice President
- 平成30年1月
- Mid-size Vehicle Company Executive Vice President(現在に至る)