「トヨタ春交渉2019」~もっと成長するために~

トヨタイムズ

2月27日、本年2回目となる話し合いが行われた。しかし、そこに社長の豊田の姿はなかった。社長就任以降、豊田が労使交渉(労使協議会)を欠席したのは、2010年の大規模リコール問題の時だけである。「100年に一度」と言われる大変革の中、豊田自らが先頭に立って取り組まなければならない重要案件が続き、無理に無理を重ねた結果、体調をくずし、欠席を余儀なくされた。内情を明かすと、「労使協だけは這ってでも出る」という豊田を副社長の小林が説き伏せたのである。

豊田は、常々、この話し合いにおける“自らの立ち位置”を「行司役」と話す。
前回の話し合いの冒頭、以下の様に述べている。

「もっと頑張りたいが壁がある。こんなことに困っているが自分達ではどうにもできない。ということを率直に会社にぶつけて欲しいと思います」

このように、時に組合の想いにも触れた発言をし、双方が本音の話し合いになるよう促す役目が豊田の言う行司役である。そんな行司役不在で2回目の話し合いはスタートした。

先週の第1回労使交渉で、豊田は「困っていることを率直に会社にぶつけてほしい」と伝え、これまでよりも本音の話し合いが行われた。

それから1週間。
まだまだ会社全体に危機感が伝わっていないと感じた副社長の河合は、第2回の話し合いを厳しいコメントから始めた。

河合副社長

「本日、豊田社長は欠席ですので、我々がしっかり対応したい。第1回の内容について、『組合要求に対する受け止めがなかった』、『これでは、労使協議会ではなく労使懇談会ではないか』といった思いを持ったかもしれない。しかし、あえて厳しいことを申しあげると、こうした感覚こそが、前回、寺師副社長のコメントにもあった『どこかで、トヨタは大丈夫なんじゃないかと思っている』という自覚症状の無さに他ならないと思う。今こそ、労使が同じ方向を向いて、どうやって生き残っていくのか、そのための話し合いが必要だ」

プロになるための課題

前回から重要なテーマとなっている「プロ」人材の育成に関して、今回、組合からはより具体的な悩みが伝えられた。

組合

「自業務の専門性を高める前提は、与えられている業務を一人前にしっかりできるということ。現時点では、まだまだ足りていない、着実に伸ばしていかなければならない課題だと認識している。その上で専門性を高めていくことも重要。組合員の中には、上司との面談の場で、(キャリアの)話をしても具体的なフィードバックがもらえない。職場の中に、明確にこれがプロだというものがなく、自分がどういう方向で成長していけばいいのかわからないといった不安の声がある」

こういった声に対する職場での具体的な取り組みや、上司の意識の変化に関する発言があった。

松枝部長(e-TOYOTA部)

「私たちの職場では一人ひとりが自発的にスキルアップを目指して、『能力マップ』というものを、職場のみんなが見られる場所に掲示している。能力マップは各室に必要な能力を洗い出し、いまの自分の位置、次の重点課題を見える化するためのツールだ。ただ、これは人事評価には使っていない。あくまでも上司と部下が、今の位置を知り、コミュニケーションして、次はどこを目指すか話し合うために掲示している」

石井本部長(渉外広報本部)

「これからの時代、プロの在り方も一人ひとりで異なる。しっかりコミュニケーションして、各自のプロ像を目指す上で、どうような道を進めばいいのか、カスタマイズされた育成目標を作っていくことが必要。また、専門性がどんどん高まっていく中で、上司の役割も大きい。上司がもっと勉強して、能力の向上には終わりがないと示してくことが大切」

自らもエンジニアである副社長の吉田は、実際にリアルのモノに触れながら成長する意義について語った。

吉田副社長

「資料よりも、部品や図面を前に議論する方がリアリティがある。社内にはテストコース、車、工場という現場があり、社外にも仕入先、販売店と学べる現場がある。リアルな車作りは大変だが、やりがいがあるし、そうして成長感や達成感を感じてほしい」

ここで、技術系職場が抱える課題の実例が述べられた。それは、2000年以降の業務効率化により、自ら図面や仕様書を書く、モノに触れるといった機会が激減しているというものだった。

この現状に、副社長の小林は疑問を投げかけた。

小林副社長

「業務を外に出しますね。(トヨタの)中にたくさんいる人は、一体何をやってるのか?」
「実際に図面を書くのは社外だとすると、トヨタの人は手配だけしているのか。そういう現状ってそれで本当にいいんですか」

吉田副社長

「それではいけないので、手を打っているところ。今までは業務の負荷がどんどん増えて、目の前の仕事をこなすのに精一杯。だから仕事を細分化して外に出していた。車全体として、これがいいかどうかの検討図をしっかり書くとか、車に仕上げられるようにするとか、工場で作れるようにするとか、そうした技術をリアルな現場でやるようにしないと、皆さんのモヤモヤも取れないと思う」

ルロワ副社長

「私たちは競合他社が何をやっているのか、なぜそうやっているのかについて、もっと知らないといけない。競合を真似るのではなく、トヨタがよりコンペティティブになるためにだ。『プロフェッショナルである』とは、世界で何が起こっているかを把握する力であり、自分たちの仕事・製品をより良くする術を理解する力。『もっといいクルマ』は、競合を真似たり、少しだけ優れていれば良いのではない。『コンペティティブ』であるということは、競合よりも、はるかに優れたものをお客様に提供できるということ」

現場で成長を続けるために

技能系職場においては、全てのメンバーが成長を続けるための課題について、現場の率直な声が伝えられた。

組合

「技能・意欲を高め続けていくことはとても重要だが、全てのメンバーにその機会が等しく与えられているわけではない。特に、EXになってから長期間経過しているメンバーについては、その機会が少ないと感じる」

深津所長(トヨタ技能者養成所)

「上司が部下とよく話し合って、本当にその技能を活かせるようなコミュニケーションが、職場の中で出来ているか。マネジメントができているか。その後押しができるような施策をやっていきたい」

組合

「生産現場のベテランメンバーからは、定年まで一人工(いちにんく・ラインで一人分の作業を行うこと)として働き続けることに、体力面で不安があるとの声もある」

河合副社長

「全社の高齢化に対応するため、『いきいきライン』を作っている。今後も環境整備は努める。皆さんも65歳まで、いきいき活躍できる自助努力もしっかりとお願いしたい。(こうした環境整備に加えて)皆さん自身も現場で改善を進めることが生産性を上げる。この生産性向上を徹底的にやっていかないと、少子高齢化が進む中では闘っていけない」

高年齢者などが、働きやすく整備されたライン。

組合

「近年、求められる役割が増えている中、メンバーの育成にも懸命に取り組んでいるTL(チームリーダー)の働きに報いていただきたい。処遇の面でも後押ししていただきたいという想いから、TL手当の引き上げを要求する」

河合副社長

「私が入社した当時、1組だいたい30人くらいの大家族だった。組長はオヤジ、班長(現在のTL)はオフクロ。組長にこっぴどく叱られると、そっと班長が来て、影で慰めてくれた。こんな思い出もたくさんある。変化のスピードが早ければ早いほど、チームワークがますます重要。メンバーへの声掛けが、より一層、大事になる。手当の見直しも含めて、会社としてもTLにふさわしい働き方とはどういうものか、何がやりがいにつながるのかということをしっかり考え、TLの活動を後押しする方策を検討していきたい」

カンパニー制という「オポチュニティ」を活かすために

トヨタは、2016年4月に組織の大幅な見直しを行った。すべての仕事を「もっといいクルマづくり」とそれを支える「人材育成」につなげていくことを目的に、機能軸の組織を見直し製品軸のカンパニーを設置したのだった。

ただ、組合からはカンパニー制の本来の目的と現実との間にギャップがあるのでは、という実情が伝えられた。

組合

「役員・部長に加え、実務レベルで意思決定をしている室長・GM(グループ長)に対しても、優先順位や情報の早期共有が重要だと考えている。カンパニーや領域をまたぐ際、こうした共有がない場合には、(室長・GMは)自部署、自領域都合で業務遂行に陥ってしまうこともある。それによって、その下で働く担当者が出口のない議論を繰り返してしまうという実態がある。こうしたことを少しでも減らしていきたいと強く思っている」

これに対して、TC(トヨタコンパクトカー)カンパニープレジデントの宮内は、カンパニー制発足当時の想いをこう語った。

宮内執行役員

「2016年にカンパニー制が発足する時、豊田社長は『ソリューション(解決策)』ではなく『オポチュニティ(機会)』だと言った。この会社始まって以来、機能軸だった組織が、商品軸になった。労使関係なく一体となって、『このチャンスを生かさないといけない』と考えた。僕自身プレジテントとしての責任を感じると共に、『自由に裁量を渡すから』と言ってもらったと感じ、ワクワクするような気分でもあった」

そして、カンパニー発足後の実際の変化について、こう続けた。

宮内執行役員

我々はカンパニーになったときから、ある意味、競争社会にすぐに放り出されて、(カンパニーとしての)収益が見える形になった。カンパニーが発足して、半年後の10月4日、我々は競争力が無くて仕事を失った。これが現実。ただ、ここでカンパニーとして、より一体感を持てたと思う。室長クラスが機能を越えて横断的にプロジェクトを行い始めた。若い人たちが、主任クラスや指導職クラス(入社4年目以降の若手層)も、『上が頑張っているから、俺たちも頑張らないといけない』と自ら動き始めてくれている。商品軸で運命共同体が出来たというのは、やはり最高のオポチュニティをもらったと思う」

トヨタとダイハツは、新興国小型車カンパニーの設置に着手することを公表https://newsroom.toyota.co.jp/jp/detail/13817235

オールトヨタで競争力を強化するために

この日の労使交渉では、関係各社から寄せられた「トヨタの意識・仕事の進め方」に対する率直な声も伝えられた。それは、関係各社の方々が『本当に言っても大丈夫だろうか』と心配しながら、慎重に言葉を選びながら、勇気とトヨタへの期待を持って伝えて下さったものだった。

組合

「『今から打ち合わせできないか』という急な依頼にも関わらず、『当然、面着(直接会う)』といった雰囲気を醸し出すこと、工場ごとに納入ルールが異なり対応に苦労すること、『違う会社かな』と思うぐらい部署によって求められることが異なること、部署間の連携が悪いこと。こうしたお困りの声をいただいている」

白柳執行役員

「仕入先様の生の声を聞きたいということで、無記名でアンケート調査を実施している。『トヨタは変わった』という声もいただいているが、『トヨタの中で全く意思統一されていない』という厳しい意見をたくさんいただいている。我々が個々の現場で起こっていることをしっかり把握し、困っている人の顔が頭に浮かぶくらいに現場に近いマネジメントでなければならない。これからの変革期に、トヨタが仕入先の皆様から選んでいただける会社であり続けるためには、今が最後のチャンスだと感じている」

ここで、仕入先との関係について、副社長の寺師は自らの忸怩(じくじ)たる思いを語り、労使共に「覚悟を持とう」と呼びかけた。

寺師副社長

「(仕入先の皆さまとの競争力強化の取り組みが)色々進んできたのは事実だが、全くまだ足りない。仕入先さんから提案が出てきてありがたいというのはその通りだが、もし我々が車両全体を見ているプロだと言うなら、我々が先に提案をしなければいけない。仕入先さんから提案をされることを『恥ずかしい』と、みんな思っていないのではないか。会社も組合も、『まだトヨタは大丈夫じゃないか』と思っているというのは、そこのところ。溺れている人は、その場で泳ぎ方を勉強なんかしない。本当に危ないと思ったら、とにかく生き延びるために、何をするか。プロだと思うなら、自分は今の仕事で何件提案したのか。覚悟がまだ足りない。自分もそうだが、みんなでもう一回考える必要がある」

賃金・賞与について

最後に、組合から賃金・一時金に対する会社の考え方を求める声が挙がった。

組合

「これまでの議論で、従来以上に率直に、我々から生の声で、色々な課題意識を投げかけ、会社にもしっかりと受け止めていただけた。一方で、我々の要求のうち、全員に配分される賃金の改善分、また一時金について、まだ議論に至っていない。次回が3回目ということもあり、ぜひ現時点での会社の考えをお伺いしたい」

上田執行役員

「トヨタの賃金水準が、他社と比べて極めて優位性のある水準だということは、組合員の皆さんにもすでにご理解いただいている。この極めて高い賃金水準を、これからも維持し、日本でのモノづくりを守る、雇用をしっかり守っていくためにも、賃金は全員一律の賃上げよりも、トヨタ固有の課題を解決することこそが、競争力、生産性の向上、さらなる労働条件の向上につながっていくと思う。学歴や職種の壁を無くし、『トヨタでこれがやりたい』と思い続ける人を増やし、プロを目指して成長し続ける人が、評価される、報われるという環境整備を2~3年かけて、皆さんと一緒にやっていきたい」

「賞与について。トヨタの水準は突出して高い。前回の労使協議会で社長から話があった通り、オールトヨタの仲間から『トヨタと一緒に働きたい』、トヨタを支えていただいている全ての皆様から、『トヨタがんばれ』と応援される会社にならないといけない。仮に、個人で金額が上がる場合には、従来のように一律のルールで配分するのではなく、プロとして成長し続ける人、オールトヨタの競争力のために、より貢献した人に報いるような賞与のあり方を、今後検討していきたい。誤解していただきたくないのは、個人主義に基づく成果主義ではない。トヨタらしい、プロとして成長し続ける人を応援できるようなやり方を、一緒になって考えていきたい」

西野委員長

「賃金、一時金については、会社発言についてもう少し理解を深めたいので、次回も議論したい。これまでの話し合いを踏まえ、すべての職場でしっかり議論し、その内容を次回お伝えしたい」

次回の労使交渉は3月6日(水)を予定している。

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