2024年02月26日
モビリティを支える道路インフラ~Smart Road Studシステム開発~道路が光であなたとコミュニケーション~
トヨタ自動車株式会社は、お客様の移動に関わるすべてのサービスを支えるモビリティカンパニーに生まれ変わると宣言しました。未来創生センターでは、自動運転車の安全な運行のために社会インフラに蓄積されているさまざまな情報を活用して、歩行者や自転車にも役に立つサービスを提供する研究を実施しています。
見通しの悪い場所や物陰からの歩行者や自転車の飛び出しに対して、クルマに搭載されたセンサーやカメラだけでなく、インフラに設置されたカメラなどを併用しクルマに知らせることで、安全性を高めることが期待されます。しかし、歩行者や自転車にも、前方からクルマが来ていることを事前に知らせることができたら、もっと安全安心な交通社会が実現できるのではないか。たとえば、道路の一部が光ることで、道路を介し歩行者とクルマが双方向のコミュニケーションができるのでは、と考えました。
枯れた技術の水平思考
何か新しいものを開発しようという段階において、筆者が心がけている二つの大事な言葉をご紹介します。ひとつは「枯れた技術の水平思考」、もうひとつは「ソフトウェア・ファースト」です。
ひとつ目の「枯れた技術の水平思考」というのは、インパクトのある発明によってゲームの世界を変えた任天堂の(故)横井軍平さんが遺した言葉です。「水平思考」は英語では「lateral thinking」といいます。「lateral thinking」は「logical thinking」(物事を真正面からみて論理的に考えること)の対照的な考え方であり、直角、つまり横に回り込んで他人と異なる視点から問題を考えることで、新しい発想を生み出すことを意味します。先述の横井さんは、電卓で普及していた液晶パネルの次の応用先としてゲーム&ウォッチを製品化し、大ヒットを生み出しました。枯れた(十分に普及し定着している)技術であっても、異なるアイデアを組み合わせることでイノベーションを起こすことが可能であるということなのです。
- 垂直思考(logical thinking)と水平思考(lateral thinking)
「枯れた技術の水平思考」にならって既存の技術を調べている中で、道路にLEDを埋め込んだ「自発光式道路鋲*1」について知りました。この製品は、センターラインや交差点中央に埋め込まれ、夜になるとLEDが点滅して注意喚起をしてくれるものです。
- 積水樹脂株式会社*2製 自発光式道路鋲
また、既存の自発光式道路鋲は単色LEDのみ使用し、点滅周期もほとんどが一定で、色が変わるものは存在しないことがわかりました。そこで、自発光式道路鋲の国内有力メーカーである積水樹脂株式会社と、LEDが得意な株式会社光波(こうは)*3に「歩行者や自転車に対して複数色の発光で注意喚起できる新しい道路鋲を一緒に開発しませんか」と提案したところ、両社とも快諾していただきました。道路鋲は英語でRoad Stud(ロード・スタッド)といいますが、IoT技術を組み込んでインテリジェント化することを意味して「Smart Road Stud(スマート・ロード・スタッド)」と名付け、共同開発がスタートしました。
まずはLEDについてです。通常のフルカラーLEDは赤(R)、緑(G)、青(B)の3つの素子で構成される3色LEDと呼ばれるもので、白(W)はRGBの明るさのバランスで再現されます。しかし、3色LEDは経年劣化により、RGBそれぞれの輝度が異なる速度で低下し、数年後には白が濁った色になってしまいます。産業用途では耐久性が求められるため、RGBにWを加えた4色LEDがよく使用されており、我々もSmart Road Studには4色LEDを採用することにしました。
- 4色LED採用により、白赤青や緑青など、複数の色の組み合わせを実現
もうひとつ重要な技術はセンサーです。双方向コミュニケーションを実現するためには、歩行者の動きを検知するセンサーが必要です。屋内では赤外線式のPIR(Passive Infra-Red)センサーがありますが、光波からLEDの光を通すためには透明なポリカーボネート樹脂*4を使用しなければならないこと、そして、ポリカーボネート樹脂は赤外線を透過できないことを教えていただきました。このことは我々にとって大きな気づきでした。その結果、電波を利用する低価格なドップラーレーダ方式を採用して歩行者の動きを検出することにしました。
ソフトウェア・ファースト
ふたつ目の言葉「ソフトウェア・ファースト」について紹介します。道路に埋め込まれた複数のSmart Road Studの光を連動して制御しコミュニケーションの手段として活用する場合にどのようなシステムが使いやすいのかを検討しました。たとえば、最初はいくつかの単純な点滅パターンでメッセージを伝えることで十分かもしれませんが、使用していくうちにさまざまなアイデアが浮かぶでしょう。そこで、色や点滅パターンのバリエーションを追加できるように、各Smart Road Studのソフトウェアを後からでも書き換えることができる仕組み*5を最初に導入しました。また、エンジニアが理解しやすく機能の更新がしやすいように、システム全体をPythonスクリプトで記述*6しました。
さらに、ソフトウェア・ファーストのアプローチによって気づけた事例をご紹介します。シミュレーション上の地図に四角形を描き、その中に配置されている複数のSmart Road Studをまとめて点滅させるソフトウェアを実装していました。その際に四角形を回転させると台形に変形するという現象が発生しました。調査の結果、原因は地球が丸いためだということがわかりました。四角形の4点を緯度と経度で表現する場合、地球が丸いことを考慮した回転計算を行わないと四角形がゆがんでしまいます。このような問題に早い段階で気づくことができたのはソフトウェア・ファーストのおかげです。
- Smart Road Stud発光制御画面。実際にトヨタの敷地内にある試験場に道路を再現し、合計30台を配置
いくつかの問題点を乗り越えて
- 100m先からのズーム写真。上 : LED光量アップ試作機、白飛びするほど明るい。下 : PoC第1世代
できあがったSmart Road Studを用いて積水樹脂、光波とPoC*7を行ってみたところ二つの問題点が見つかりました。ひとつ目は雨の日における人感センサーのノイズ*8です。このノイズは、センサーが雨滴自体に反応したり、Smart Road Stud表面にあたった雨滴や表面を流れる雨滴に反応したりすることが原因でした。ふたつ目はLEDの光が届く距離が不足していることです。PoCに採用した4色LEDはソフト開発が容易なホビー用を選んでしまったため、直射日光下の屋外では明るさが足りなかったのが主な原因でした。PoCで判明した問題点を解消した次世代品の開発は順調に進んでいます。
- 100m先からのズーム写真。上 : LED光量アップ試作機、白飛びするほど明るい。下 : PoC第1世代
次に、複数のSmart Road Studによる双方向コミュニケーションのPoCを紹介します。トヨタの試験場で実施したPoCでは、たとえば、クルマの死角から飛び出しそうとしている自転車をSmart Road Studが検出すると、自転車の進行方向にあるSmart Road Stud群を一斉に赤や黄色に点滅することでクルマに注意喚起を行ったり、自転車の進行方向に沿ってSmart Road Studを順次点灯していくことで自転車の存在を周囲に知らせたりすることができました。また、実験を通じて、美しい中間色や色相が滑らかに変化していく複雑な点滅の方が人の目を引くことができるということも確認されました。
さらに、2024年1月18~21日に広島県呉市で実施された「次世代モビリティ導入に向けた交通社会実験」でも、Smart Road Studの可能性の検証が行われ、自動運転バスが近づくとSmart Road Studが周囲の歩行者に注意喚起するサービスは、主催者や参加者から好評でした。また、通りがかった親子連れや年配の方が「きれいな光ね」とつぶやいていたのも印象的でした。
- 呉市での実証実験風景
Smart Road Studの今後の展望
実験を通じて、Smart Road Studの表現の幅を広げるために、多種多様な発光パターンの開発が必要であることがわかりました。また、危険を知らせるだけではなく、目的地までの道案内や、歩行者の状態に合わせた点滅周期で快適な歩行をサポートするなどのアイデアも浮かびました。さらに、リサイクルも重要な要素です。道路の経年劣化によるSmart Road Studの廃棄を考慮し、リサイクルを容易にする素材で作ることも検討しています。この技術の最終目標は、「道路が人を見守る」ことです。現在は夜の道路を一人で歩くことに不安を感じる方が多いかもしれませんが、将来はこの技術が普及し、24時間Smart Road Studの光に囲まれることで、いつでも安心して歩くことができるような道路が増えていくことを願っています。
- Smart Road Stud点灯の様子
- プロジェクトメンバーの写真 左 : トヨタ自動車(左より、及川、大矢、見上)、中央 : 積水樹脂(左より、宮下さん、高木さん、五十嵐さん)、右 : 光波(後列 : 左より、山田さん、高柳さん、吉田(智)さん、吉田(清)さん、佐野さん。前列 : 左より、松澤さん、今田さん、湊谷さん、伊吹さん)
参考情報
*1 | 積水樹脂株式会社製 自発光式道路鋲 |
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*2 | 積水樹脂株式会社 |
*3 | 株式会社光波 |
*4 | クルマのヘッドライトなどに使用 |
*5 | 別名、OTA(Over The Air)アップデート。無線(air)を経由して、ソフトウェアの更新やデータの同期などを行うこと |
*6 | 一部、JavaScriptも使用 |
*7 | Proof of Concept、原理確認の意。試作は、商品開発の最終段階で生産や量産につなげる目的でテスト品を作成する工程 |
*8 | 取り扱う対象となる信号やデータ、情報などのうち、目的に対して必要のない、余計な要素や部分のこと信号やデータ、情報 |
著者
及川 晋(おいかわ すすむ)
トヨタ自動車株式会社 R-フロンティア部 第1インフラシステムG 主幹
本件に関するお問い合わせ先
- 未来創生センター
- メールアドレスfrc_pr@mail.toyota.co.jp