クルマと愛とサウンドを語らせたら止まらない2人が、レースの楽しさを、実際のレースやレースをめぐる人たちなどを訪ねながら紡ぐオリジナル連載(#14)です。

横山剣流レースの見どころ
ドライバーの個性が出るヘアピンカーブ

――サーキットでスタートを見た後、各車が3周から4周するまではグランドスタンドにいます。そのまま最後までそこにいることはありません。あとは、サーキット内の見どころへ移動します。最初はヘアピンカーブですね。

ヘアピンカーブでは差が出ます。ヘアピンは曲がる前に、それなりに速度を落とさないといけない。ブレーキングのタイミングが重要です。そこを見ます。

見ていると、プロでも外に膨らんだり、あるいはスピンしたりする。一方、カーブを抜けてからの立ち上がりも見逃せない。テイクオーバー(追い越し)が多いのがヘアピンカーブの立ち上がりですね。

ドライバーにとっては腕の見せ所がヘアピン。だから観客にとっては見るべきポイントになる。ヘアピンカーブのところには客席を作っているコースもあるけれど、立って見ている人が多いんじゃないかな。

カーブの曲がり方には個性があります。ドリフト的にテイルをスライドさせながら行く人、なるべくムリ、ムダ、ムラのないように、一本のラインで曲がっていく人…。慎重に入って、その代わり、カーブの立ち上がりでバーンとアクセルを踏む人もいる。ずりハンと言って、少しずつハンドルを回していく人もいる。ドライバーの個性が出るのがヘアピンカーブです。

サーキットによってはカーブの後、直線コースがあって、そこではアクセル全開で飛ばしていく。ヘアピンと直線の二か所が見える位置に陣取るのもいいんじゃないかな。「一粒で二度おいしい」って場所ですよね。サーキットで人が立って見ているところって、やっぱり見どころなんですよ。

第一コーナーはコンサート

ヘアピンカーブの後、僕が見に行くのは第一コーナーです。スタートの後、直線を走って、第一コーナーに突っ込んでいくんですが、その時、各車、必ずシフトダウンする。ブオンブオンといっせいにシフトダウンする音が聞こえてくる。いい音なんですよ。ああいう盛大な音が聞こえるのは直線の後の第一コーナーだけ。シフトダウンでコンサートやってるみたいだから、見どころというよりサーキットのなかの聞きどころですね。

むろん、見るところもあります。コーナーにかかる何メートルくらい前でシフトダウンするのか、そして、すぐにブレーキングするのか。それもトライバーの個性です。

昔の話です。富士スピードウェイに行って、第一コーナーの手前に立ってデモンストレーション走行を見ていました。F1マシンのデモンストレーションでした。

カルロス・ロイテマン、エマーソン・フィッティパルディ、ジェームス・ハント、パトリック・デパイユ、ロニー・ピーターソン、そして桑島正美……。

もう唖然としました。みんながみんな、まるでレールの上を走っているみたいで。一本の線の上を走っていった。レコードラインというんですけれど、プロのドライバーが第一コーナーで次々とシフトダウン、ブレーキングしていくのは圧巻ですよ。もう、ため息が出る。

(写真協力/三栄)右からR・ピーターソン、E・フィッティパルディ、C・ロイテマン、桑島正美
(写真協力/三栄)右からR・ピーターソン、E・フィッティパルディ、C・ロイテマン、桑島正美
(写真協力/三栄)1974年11月。F1デモンストレーション
(写真協力/三栄)1974年11月。F1デモンストレーション

サーキットにもある速度違反

レースの見どころとして、スタート、ヘアピンカーブ、第一コーナーに次いで、横山剣、鈴木章のふたりが声を揃えて言ったのは「ピットの作業は大切」だった。

横山剣の話。

――サーキットで0.1秒を詰めるのは難しいけれど、ピットだと1秒、2秒は詰められる。レースカーってスピードメーターがない。タコメーターだけ。

プロは体感でスピードはわかるのですが、でも、僕らアマチュアはふとスピードがわからなくなり、スピード違反を取られたりする。

(問 スピード違反?サーキットで?)

ええ、ピットレーンには60キロなら60キロという速度制限があります。ピットロードを制限速度を超えて走るとペナルティになるんです。僕も一度、経験があります。パートナーのドライバーがピットレーンでスピードを出し過ぎて……。

いやいや、僕らくらいだと時速30キロなら、体感でわかる。でも、60キロって、曖昧な感じで、思ったよりもスピードを出しちゃうんですよ。かといってゆっくり走ったら、ピットインするために後ろを走ってる車に迷惑だし。ピットに入るのも出るのも、なかなかプレッシャーがかかるんです。観客としては、そこを知っていて、見ると面白いでしょう。

ピット作業で思わぬ時間がかかって、「よし」と思いっきりアクセル踏んだらスピード違反になったとか。泣けてきますよね。

僕らのようなアマチュアドライバーだとピットクルーが出すサインを見落とす人もいます。走っていると、見る余裕がないんですよ。ピットサインならまだましですけれど、ひどい人はチェッカー(フラッグ)を振られたのに、それに気づかないこともあります。ゴールしたのに、もう一周、真剣に走って、それでダブルチェッカーで失格。せっかく1位でも、取り消し、かわいそう(笑)。

ピットでこそドライバーを見よ
鈴木章の話

――ピット作業には種類があります。耐久だったらドライバーの交代がある。タイヤの交換もある。F1みたいなスプリント競技だったら給油、タイヤ交換があります。どうでしょう、タイヤ交換は10秒以内でしょうね。あっと思ったらもう終わっている。見ごたえあります。

ドライバーが下りてきて、マスクを取るのを見たら、みなさんびっくりしますよ。プールに飛び込んだように汗をかいている。レースカーにはエアコンなんてないから、車内は60度にはなる。そのうえレーシングスーツを着て、マスクをかぶっているわけですから。真冬の防寒着を着て、真夏の車のなかに閉じ込められているのがレーサーですよ。

双眼鏡

レースカーに乗って走っていると、心拍数が180くらいになるんです。400メートルを全力疾走した後の心拍数と同じですからね。

ピット作業ではクルーの仕事を見るのもいいけれど、ドライバーが交替する時、双眼鏡で様子を見てください。

ピットのドライバー交替の様子を見ていると、「レーサーってすごいなあ」と思いますよ、きっと。一流と言われるレーサーは、60度を超す車内、180の心拍数でライバルと競争し、タイヤの摩耗をミリ単位で感じながら、一周4キロ以上のコースをコンマ数秒の誤差で走り続けることができる集中力とテクニックを身につけているんです。

双眼鏡

もうひとつの見どころ

見どころはサーキット以外にもある。それは見に来ている人々だ。サーキットに行くと、カーマニアばかりが集まっているわけではないことがわかる。

子どもを連れたお父さんお母さんが売店で買ったポテトチップやホットドッグを食べている姿。カップルで来場し、レースカーを見るよりも、お互いの瞳を見つめあったりしてる…。また、かつての横山剣のようなカメラを持った少年もいる。岡山の耐久レースでは、高価なデジカメ、三脚を持ったイガクリ頭の少年が口元を引き締めて、コース上の車を狙い、シャッターを押していた。カメラマンというよりも、イガクリ頭のゴルゴ13のようだった。熱狂をうちに秘めて、ひたすら車の写真を撮っていた。これもまた青春だなあと感じる。

そして、レーサーと言えば美しい女性。やはりサーキットには美女がいる。岡山のサーキットにも、横山選手が走った袖ケ浦レースウェイにも、NASCARを見に行ったカリフォルニアのアーウィンデールにも美しい女性はいた。

しかも、共通の特徴がある。髪の長い美女だ。たったひとりでスタンドに座り、サーキットに目をやったり、黙々と手元のスマホをいじったり。

見ていたわたしは「これこそレーサーの恋人」と勝手に妄想したのだが、つかつかと寄っていって、「失礼ですが、あなた、レーサーの恋人ですか?」と聞くわけにもいかない。

そんな話を横山選手に打ち明けたら、「そーそー、いますよ。います。サーキットには美女が付きもの」。

そういった後で、横山選手は上の空になった。作曲家、横山剣に戻って、グランドスタンドに座る女性の曲を構想したのだろう。

名曲がまさにできあがろうとした瞬間にわたしは立ち会ったのかもしれない。

次回は横山選手による、ロサンゼルス、アーウィンデールのNASCAR見学記です。

著者

横山 剣(よこやま けん)
1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年にはデビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』をリリースした。
クレイジーケンバンド公式サイト
http://www.crazykenband.com/
野地 秩嘉(のじ つねよし)
1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務、美術プロデューサーなどを経てノンフィクション作家。「キャンティ物語」「サービスの達人たち」「TOKYOオリンピック物語」「高倉健ラストインタヴューズ」「トヨタ物語」「トヨタ 現場の『オヤジ』たち」など著書多数
横山 剣・野地 秩嘉

以上

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