クルマと愛とサウンドを語らせたら止まらない2人が、レースの楽しさを、実際のレースやレースをめぐる人たちなどを訪ねながら紡ぐオリジナル連載(#18)です。

Start your engine!

アーウィンデールのコースは一周、0.5マイル。800メートルですから、直線の距離は250メートルといったところでしょう。そこで300キロ近い速度が出るなんて、ありうるのかな、ほんとに。

決勝前に車検がありました。1台1台、厳しくチェック。特にホイールベースの長さと車の形状を調べるとミスター・イサカが言ってました。

「昔はホイールベースを短くしてカーブを曲がりやすくしたり、『バナナシェイプ』と言って、バナナみたいな形のボディに改造した車があった」からだそうです。

車検を受ける古賀選手のマシン
(車検を受ける古賀選手のマシン)

夕暮れのなか、グランドスタンドは観客でいっぱいになりました。観客席からはヤシの木とその後ろの夕暮れ、砕石工場の荒廃した外観が見えます。これもまた西海岸。ブルーとパープルが溶けあう空の色で、なぜか「コバルトアワー」って言葉が浮かびます。

ほんとはコバルトアワーって夜明けの空の色らしいんですけれど。でも、コバルトアワーでした。

グランドスタンド
(DOUBLE JOY RECORDS提供)

観客席には、いかにもL.A.って感じのチカーノ(メキシコ系アメリカ人)系ファミリーも。この場のサンセットでパームツリーな雰囲気をさらにメロウにするチカーノ・ロック、例えばMALOの「Suavecito」、あるいは「Suavecito」をバックトラックに使ったチカーノ・ヒップホップ、Brown Prideの「I Don't Wanna Be The One」のようなサウンドが脳内にうっすら鳴ってました。そしてCKBの新曲「車と女」の一部分が浮かんだりもしていました。

スタートの前にアメリカ国歌独唱がありました。小学校2年の男の子がマイクを持って「独唱」。可愛い。

そして、また牧師さんみたいな人が出てきて、「ゴッド・ブレス・アメリカ」、ドライバーとみなさんに神の御加護を、と祈ります。

さて、やっとスタートの時間が来ました。各車、コースの内側に車体を斜めにして待機しています。

MCが宣言しました。「イェー!ドライバーズ!スタート・ユア・エンジン!」

一斉にエンジンがスタート。「アメリカン・モータスポーツ!」としか言いようのない、匂いと爆音と歓声が夕暮れのスピードウェイを包み込みます。

ローリングスタートですから、フォーメーションを組んだまま周回します。ロードサーキットならスタンド前の直線コースしか見えないけれど、オーバルコースはすべてが見渡せるので、ずーっと顔を回して、視線を車に合わせて見ることになる。僕が見ていたのは77番の古賀選手と、ポールポジションで19番のへイリー選手。

ペースカーがコースから外れると、スタートです。

ものすごい音になって、前に座っていた小学生の男の子は耳にあてていたヘッドフォンの上から手を当てました。

スタートが最大の見どころです。スタートから加速して爆音鳴らして、第一コーナーにかかるまでがスリルで大興奮。みんなが立ち上がります。もちろん僕も。

各車、かたまりになって第一コーナーに突入していく。よく見ると、軽く車体と車体が接触していたりするんだけど、「それがどうした?」と言わんばかりのクールな表情で周回していく。しかし、レースが進むにつれ、エキサイティングでスリリングなバトルが激化。さまざまなドラマが展開されるから観客を最後まで退屈させない。これぞプロ集団のレース。

全部で150周するのですが、800メートルを回るのに1分もかからない。見ていると、どんどん差がついて、10周もしないうちに最後列の車は周回遅れになってしまう。その後、列が乱れてしまうと、もう、何が何だかわからない。

NASCAR レース
(写真 : TAKENAO HAYASHI)

電光掲示板を見ていないと順位がわからなくなる。車列はハイラインを走る車とローラインを走る車に分かれて、ほんのちょっとした瞬間に追い抜きがある。だから、目を離せない。いやあ、よくできたレース。感心します。1秒も飽きさせないんだから。

Half way brake。レースの中休み

古賀さんはマシン不調で出遅れましたけれど、徐々に挽回し、中団の先頭辺りを走行。へイリー選手は3位。1位との差は大したことありませんでした。そのまま73周まで、走っていたのですが、前の車を抜きにかかって、オーバースピードになった瞬間、へイリー選手が…。

ああっ、ほんとに。スピンしちゃった。「ああーっ」観客が一斉に声をあげました。

ええーっ?!インタビューで冷静に「ペイシェンス」と言っていたヘイリー選手がスピン!

その後、イエローフラッグが出て、全車、隊列を整えてスピードダウンからコース上で待機。そこからリスタートです。へイリー選手は最後尾につきました。とはいっても、周回遅れの車の前ですから、11位くらいの順位です。

ここからトップになれるのかなと考えていたら、横にいたミスター・イサカが「剣さん、ビリからでも、じりっじりっとトップに立つことができるんですよ。絶対にあきらめない。それがアメリカ人の根性なんです」と言いました。

それを聞いたら、ますます応援にも熱が入りますよね。しかし古賀選手のマシンはどんどん調子が落ちてスピードが乗らず、そんな悪条件の中でも持ち前のテクニックで何とか中団をキープ。

カムリ
(写真 : TAKENAO HAYASHI)

突然、レースが中断しました。このレース、2ヒート制だったんですね。知らなかったので「えっ、何で?」って感じでしたよ。

ハーフウェイ・ブレークと言って、中休みでした。2ヒート制度と言えば、かつての富士グラチャンを思い出しました。

そう、NASCARにはブレークがあるんですねぇ。そして、ブレークになったとたん、爆音の音楽がスピードウェイ全体に流れました。

(続きは明日掲載します。)

著者

横山 剣(よこやま けん)
1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年にはデビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』をリリースした。
クレイジーケンバンド公式サイト
http://www.crazykenband.com/
野地 秩嘉(のじ つねよし)
1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務、美術プロデューサーなどを経てノンフィクション作家。「キャンティ物語」「サービスの達人たち」「TOKYOオリンピック物語」「高倉健ラストインタヴューズ」「トヨタ物語」「トヨタ 現場の『オヤジ』たち」など著書多数
横山 剣・野地 秩嘉

以上

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