クルマと愛とサウンドを語らせたら止まらない2人が、レースの楽しさを、実際のレースやレースをめぐる人たちなどを訪ねながら紡ぐオリジナル連載(#26)です。

Nighthawks-夜ふかしする人たち

"Nighthawks" by Edward Hopper, Getty Images
"Nighthawks" by Edward Hopper, Getty Images

夏のドイツにいると、夜は短い。日が落ちるのは午後9時半過ぎからで、午前3時半になると、もう空が青白くなってくる。

夜も、むろんレースは続く。ドライバーとして乗っていた矢吹はレース後にこんな風に言っていた。

「真夜中でも同じスピードで走ります。暑さがない分、自分は走りやすかった。今回のニュルはずっと晴れていたでしょう。夜の方が車内の温度が低くて楽でした」

レースを走るドライバーはいずれも次は右カーブ、この次は左と記憶している。頭のなかの地図に合わせて操作するのだから、真っ暗な中でも昼と同じようにコースを走ることができるのだろう。

一方、観客はどう感じているかと言えば、ぽつんと座ってヘッドライトとテールライトを見守るしかない。

タイヤ洗浄
昼夜問わず洗っています

夜中の2時ころ、ほぼ無人のグランドスタンドに座っていたら、ヘッドライトが見えてきた。そして、光は目の前を通り過ぎていった。通過した方へ目をやると、テールライトが光り、第一コーナー前でブレーキランプが点灯した。

ただ、それだけである。観客がいないのも当たり前だ。眠っている。もしくはビールを飲んでいるのだろう。

そのままグランドスタンドでヘッドライトを見ていても、退屈するだけなので、ピットへ出かけていった。昼間のピットは多勢の見学者であふれていたが、夜のピットはひっそりとしていて、各チームのメカニックしかいなかった。

メカニックたちはみんな同じことをしていた。外したタイヤを丁寧に水洗いしていたのである。

スバルの若いメカニックふたりに「何を洗っているの?」と訊ねたら、「タイヤとホイールです」と答えた。交換したタイヤの摩耗度をチェックし、ホイールはまたタイヤをはめて使うから、ゆがんでいるかいないかを調べるのだという。

タイヤ洗浄
昼夜問わず洗っています

観客が眠っている間、ドライバーはコースで仕事をし、メカニックはピットで働いているのだった。

レース後、わたしはトヨタのチーフメカニックのひとり、関谷利之にレース中のピット作業について話を聞いた。

関谷の話である。

――ええ、やることはたくさんありますよ。

まず24時間レースですから、全員が交替しながら休みます。労働基準法がありますから、不眠で仕事なんてさせられません。トヨタは全員、社員です。矢吹、平田、私以外は多くが初めてニュルで仕事をする人間です。だから、ずいぶんと訓練しました。日本でもやったし、ニュルにも早めにやってきて、練習、訓練の毎日でした。

ニュルブルクリンク24時間耐久レース ピット作業

ルーティンはタイヤ交換、ガソリン給油、ドライバーチェンジの3つです。24時間の間にタイヤは18回、交換します。給油、ドライバー交替もそこでやります。ピットロードに入ってから、本線に出ていくまでの時間が3分9秒と決まっていますから、その間にすべてをやります。

レクサスのタイヤはセンターロック、スープラと86は5本のネジをしめる。そして、ガソリンは120リッター入れる。ドライバーを交替させる。2分と少しでやる見当です。

あと、レースのなかで一度だけブレーキをセットで入れ替えます。これがいちばん大変ですね。ピットインしてきたばかりのブレーキはちんちんに熱いけど、1分20秒ですべてを変えなきゃならない。前輪だけです。後輪ブレーキは変えません。

ブレーキを踏んだ時、車重がかかるのは前輪です。ですから、前輪のブレーキだけチェンジします。

ニュルブルクリンク24時間耐久レース ピット作業

仕事をしていない時ですか?

交替したメカニックはラウンジで仮眠したり、食事したり…。僕も休みますけれど、メシは食いません。喉を通らないから。でも、水は飲みます。あとはレースの状況をモニターで確認して…。休むと言っても、なかなか眠れません。みんな初めての経験だし、仕方ないですよ。スバルのメカニックもそうですよね。彼らも初めての人ばかりでしょう。地方のディーラーから集まっているんですってね?

トヨタとスバルのメカニックは珍しい存在です。ほとんどのメカニックはプロですから。

2時間超のピットイン

関谷へのインタビューはレース後のことだ。なぜなら、夜のピットにいた彼は人と話をしている暇などまったくなかった。彼が担当していたレクサスLCは突如、不調になったから。

TOYOTA GAZOO Racing(以下TGR)のページにはその間の事情について、こう書いてある。

「トップグループからのスタートとなったLCは快調に走行を重ね、総合30番手以内のポジションをキープ。同グループの最後尾スタートとなったモリゾウ選手のGRスープラも順調なスタートを切り、じわじわと順位を上げていきました。しかし、高い気温はドライバーの集中力を奪うと同時にクルマを容赦なく痛めつけ、コースのあちこちでクラッシュが続出。クラッシュがさらなるクラッシュを呼び、レースはサバイバル戦の様相となっていきました。

厳しいコンディションはTGRにも襲い掛かります。スタートから約8時間が経過したころ、LCのトランスミッションからオイルが漏れるトラブルが発生。大事をとってトランスミッションを交換する作業を選択した結果、2時間超のピットインを強いられました」

関谷は言った。

――ギアボックスからのオイル漏れでした。すぐに決断しました。交換しないと無理だ、と。車をだまして走らせるわけにはいきませんから。僕らの目的は車の開発です。ドライバーの安全が第一ですし、大事なデータを持って帰るのが仕事。止めること、ピットでギアボックスを交換することにためらいは感じませんでした。

…ただ、そりゃレースですからね。悔しかったし、みんなに申し訳なかった。どうして壊れちゃったんだろうとそればかり考えてましたよ。

ニュルブルクリンク24時間耐久レース 打ち上げ

レースが終わった打ち上げで、トヨタチームのドライバーやメカニックはそれぞれがスピーチしたのだけれど、関谷は話すことができなかった。彼はただ泣いた。

「すみません、恥ずかしくて、もう」

それだけ言うと、右手と左手の袖でごしごしと目を拭いた。涙は止まらなかった。

横にいたスープラのチーフメカニック、田中英幸が関谷の背中をなでて、いいんだ、もういいんだと声をかけていた。チームの人間も外国人ドライバーも関係者たちも関谷の責任感を思って、盛大な拍手をしたが、拍手の後、関谷はいっそう泣いた。

ドライバーは駅伝選手

24時間、コースを走っていたドライバーたちはどんな気持ちで走ったのだろうか。

矢吹の話である。これもまたレース後に聞いた。

――4人で24時間を交替するわけです。だいたい、1.5時間、走って、4.5時間、休む。ドライバーが走って、ピットイン交替までの区切りを『スティント』って言うんですけれど、24時間だとひとりが4スティント乗るわけです。

乗っている間、速い車が来たら、譲る。遅い車が前を走っていたら抜く。そうやって自分の車を走らせる。

ニュルのコースはカーブと起伏が多いから、その間はGに耐えるために足を踏ん張っている。直線距離の間だけGに耐えなくていいから、ストローから飲料を飲む。飲料はただの水の人もいればオリジナルのドリンクの人もいる。マラソンランナーみたいにマイ飲料をボトルに詰めて乗るわけです。

(車内は暑いのでは?)

暑い、暑い。日の出ている間は暑かった。夜の方が涼しくて、自分は走りやすかったです。僕は普通のレーシングウエアだったけれど、LC、スープラのドライバーはクールスーツを着てましたね。ほら、生ビールサーバーみたいな箱を車のなかにセットして、そこから管を回して、冷たい液体がスーツのなかを還流するわけです。あれだとずいぶんと楽じゃないかな。

夜の観覧車

このコースを走ってる人はみんな、慣れているからね。ただ、慣れてない人もいるんです。それがいちばん怖いですよ。抜こうとしてた時、いったい、どっちによけてくれるのか、つかめない人がいると、それは怖い。200数十キロで走ってるわけだから。

ニュルは特別ですよ。慣れてるといったけれど、実は何度走っても怖いです。天候によってぜんぜん違いますからね。

うん、横になってもなかなか眠れないですよ。だって、レースの最中だから。次の人に車を渡す。その一心で走るしかないんです。

矢吹の話を聞いていたら、ニュルを走るドライバーは駅伝の選手みたいなものだと思った。

夜の観覧車

(続きは明日掲載します。)

著者

横山 剣(よこやま けん)
1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年にはデビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』をリリースした。
クレイジーケンバンド公式サイト
http://www.crazykenband.com/
野地 秩嘉(のじ つねよし)
1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務、美術プロデューサーなどを経てノンフィクション作家。「キャンティ物語」「サービスの達人たち」「TOKYOオリンピック物語」「高倉健ラストインタヴューズ」「トヨタ物語」「トヨタ 現場の『オヤジ』たち」など著書多数
横山 剣・野地 秩嘉

以上

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