クルマと愛とサウンドを語らせたら止まらない2人が、レースの楽しさを、実際のレースやレースをめぐる人たちなどを訪ねながら紡ぐオリジナル連載(#27)です。
レースの醍醐味
夜が明けてからもレースは続く。
ゴールまでの間、わたしは部屋で仮眠を取ったり、ロビーでモニターを見たりして過ごし、その後は、かねてから決めていた第一コーナー前の観客席にいた。おおよそ4時間くらいはただただそこに座ってホームストレートから第一コーナーに入ってくる車のダンスを飽きずに眺めていた。
グランドスタンド前の直線距離で加速した各車のスピードはクラスを問わず200数十キロになる。そこからS字カーブになっている第一コーナーに飛び込んでくるのだが、一斉にシフトダウンして、スピードを抑え、コーナーに突入してくる。スピードを抑制したとはいえ、S字カーブで150キロは出ている。そして、1台で入ってくることはまずない。同じクラスの車が2台か3台、多い時は4台がまるで手をつないでいるように、一緒になって第一コーナーに突入してくる。
結局、同じクラスの車は排気量の関係で、出るスピードもほぼ同じだし、ピットインのタイミングも相前後するので、塊で走ることになってしまう。
3台くらいの集団が直線をフルスロットルでスピードを上げた後、ぎりぎりの瞬間にブレーキングしてスピードを落とし、カーブを抜けていく。各車が50センチの間隔で並走しながらカーブを抜けていく。みごとに接触もせず、コースアウトもせず、コーナーを抜けていく。
それでもゴール間際になってくると、無傷で走っている車はないから、接触やコースアウトが起こるのだが、減速しているから大きな事故にはならない。
ただし、コースアウトして、砂利のグラベルトラップに入り込むと、アンダーボディやタイヤを傷めてしまう。ゴールまであと2時間、あと1時間といったタイミングでもリタイアが起こるのは、無傷で走る車が少ないためだ。
第一コーナーにおける各車のダンスのような妙技を見ていると、時間を忘れてしまう。不思議なことにエンジン音も聞こえなくなってしまう。実際には相当な爆音が轟いているのだけれど、音楽が聴きたくなって、iPhoneのイヤホンを耳に入れ、爆音交じりの音楽を楽しみながら、車のダンスを見ていた。
ニュルのレースを見ながら音楽を聴く。
これもレースの楽しみ方のひとつだ。どんなレースでも、第一コーナーの集団ダンスを見る時は音楽があってもいい。
日産もスバルもトヨタも完走した!
参加した日本のチームはそれぞれ完走することができた。トヨタとスバルのホームページにはニュルのレース報告について、それぞれこう記してある。
「快調に走行していたGRスープラも当時トップを走行していた車両と接触。幸いにもそのまま走行を続けられましたが、不安を抱えながらの走行となりました。(略)
夜が明けた23日(日)。実はこの日は、TGRにとって決して忘れることのできない日でした。モリゾウ選手の運転の師匠であり、TGRの原点となった『GAZOO Racing』をともに立ち上げたトヨタ自動車のマスタードライバー、故・成瀬弘氏がニュルブルクリンク近郊で急逝した日が、9年前の6月23日でした。
そんな想いを乗せたGRスープラは、夜が明けてからもまるで接触がなかったように快調に走行を続けます。LCもトランスミッション交換後は順調に走行を重ね、午後3時半、GRスープラは総合41位*(クラス3位)、LCは総合54位*(クラス1位)でチェッカーを迎えました。」
* | レース後、暫定結果での記載。最終結果はスープラ総合43位、LC総合58位。 |
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「SUBARU/STIチームは、2008年の初出場以来最多周回数の145周(約3,679km)を走破。総合順位19位、2011年の初優勝以来6度目、昨年に引き続き2連覇となるSP3Tクラス優勝を果たすことができました」
そして、日産、KONDO Racingは大健闘だった。2018年モデルのNISSAN GT-R NISMO GT3はSP9クラス8位、総合9位。監督は近藤真彦。
レースが終わった後の各チームのピットにおける打ち上げを見ていたら、主役はあくまでドライバーとメカニックだった。監督は主役ではなく柱だ。ただ、そこにいて、どっしりと構えていることが監督の役目だ。ちょこまかと動いたり、怒声を上げることではない。チームに必要なのは黙っているそこにいる存在感のある人間だ。
KONDO Racingの近藤真彦、スバルの辰己英治はどっしりとした柱の役目を果たしていた。チームの仕事をじっと見守っていた。何か言いたいことがあっても、事務的に伝えるだけ。順位の変動があっても、他のチームの車が事故を起こしても、感情を見せずに、ただそこにいる。そして、チームの全員は黙ってそこにいる監督を向いて自分の仕事を果たす。レースにおけるチームワークの見本が日産であり、スバルであり、そして、トヨタだった。
ただし、トヨタの監督はそこにはいない成瀬だった。チームはピットに掲げてあった成瀬のポートレートに向かって仕事をしていた。成瀬はもちろん何も言わない。ただ、微笑んでいた。それでも、トヨタチームは成瀬がいたから頑張った。ドライバーは務めを果たし、メカニックはタイヤを交換し、ガソリンを給油し、ブレーキを交換した。
レース後、チームの一員だったモリゾウ選手はこんなスピーチをした。
「今日、私がスープラに乗ったのは、天にいる成瀬さんから、『いやいやお前乗れ、俺と一緒に乗ろう』と言われたから…。うちのチームの目標は1周でも多く、1メートルでも長く、1秒でも多くクルマを走らせること。それだけだ」
付記
第一コーナーで聴いていた曲の解説。
サーキットでは予選と決勝の間など、ただじっと待つ時間がある。ビールを飲んだり、売店で買い物をしてもいいけれど、もうひとつの楽しみが音楽を聴くこと。車のエンジン音は邪魔にならない。海辺の渚で波の音を聴きながら曲を聞くのと同じだ。
どんな曲でもいいけれど、わたしは夏の曲、疾走感のある曲にした。そして、レースをテーマにした曲。ただし、車やレースの曲ばかりにはしない方がいい。それだとちょっとしんどい。
ここに挙げたなかで、パーシーフェイス楽団の『夏の日の恋』については疾走感はないと思う。しかし、この曲は口直しにはいい。「口直し」なんて、パーシーにはちょっと失礼かもしれないが、『夏の日の恋』は夏の日の気分転換にはもってこいだ。
曲目
- 「Help Me, Rhonda」「Wouldn't It Be Nice」「Don't Worry Baby」
- (The Beach Boys)
- 「Tell Her No」
- (The Zombies)
- 「Where the Streets Have No Name」
- (U2)
- 「Theme from "A Summer Place"」
- (Percy Faith Orchestra)
- 「タオル」「車と女」
- (クレイジーケンバンド)
著者
- 横山 剣(よこやま けん)
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1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年にはデビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』をリリースした。
- クレイジーケンバンド公式サイト
- http://www.crazykenband.com/
- 野地 秩嘉(のじ つねよし)
- 1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務、美術プロデューサーなどを経てノンフィクション作家。「キャンティ物語」「サービスの達人たち」「TOKYOオリンピック物語」「高倉健ラストインタヴューズ」「トヨタ物語」「トヨタ 現場の『オヤジ』たち」など著書多数
以上
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