クルマと愛とサウンドを語らせたら止まらない2人が、レースの楽しさを、実際のレースやレースをめぐる人たちなどを訪ねながら紡ぐオリジナル連載(#16)です。

第2日目の前菜 Cars and Coffee

名前の響きがいいでしょう、「カーズ・アンド・コーヒー」って。

朝9時に行きました。レドンドビーチから1時間半くらいかかったかな。車好きのオーナーが休日の朝に集まるイベントです。自分が整備したり、レストアしてきれいになった愛車を持ってきて、並べておく。

コーヒーを飲みながら車を眺めて、「これはいいね」とか「この色は珍しい」とか「ホント、きれいにしている」なんて英語でしゃべってるんでしょうね。

いい年をしたおじさんたちが紙コップに入れたアメリカンコーヒーを飲みながら、200台近くもある車を眺めてるというイベント。ゆったりとした時間が流れていて、あくびしたくなる。退屈なんじゃなくて、ゆったりしているから。

Cars and Coffee

僕らが行ったのはサンクレメンテのアウトレットの駐車場で開かれたCars and Coffeeでした。朝10時には店が開き、その頃になると次第にクルマは減っていきますが、Cars and Coffeeは11時までやっていました。

車を眺めているおじさんたちを見て、思ったことがあります。

「これ、昔は馬の品評会だったんじゃないかな」って。自分が一生懸命、手塩にかけて育てた愛馬を連れてきて、錫のカップに入れたコーヒーを飲む。

「こいつはいい毛並みだな」とか「よく走りそうな足してる」とか「馬車を引かせたらいちばんだ」みたいな話をカウボーイハットをかぶったおじさんたちがするんじゃないか。昔はHorses and CoffeeだったのがCars and Coffeeになったんじゃないかなって。

そんな妄想を抱きながら車を眺めてました。聞くところによると、全米の小さな街でもこのような集まりがあるとのこと。馬がそうであったように、アメリカ人の生活にクルマが根付いていることがよくわかります。

並んでる車はすごい。アメ車だけではありません。フェラーリ、ランボルギーニみたいなスーパーカー。それからパワーアップしたマッスルカー、ライトウェイトスポーツ、そしてクラシックカー、……。

Cars and Coffee
Cars and Coffee

青空の下の自動車博物館みたいなものです。別に入場料を取るわけじゃないんですよ。商売している感じでもない。ただただ車を眺めては、同好の士と話に興じる。植木市みたいなもんです。それでも、全体の雰囲気はアメリカ西海岸。太平洋が見えて、高速道路に高速の車列が流れていて、丘の上に住宅がある。

Cars and Coffee

そして楽曲誕生!

CRAZY KEN BAND/PACIFIC(DOUBLE JOY RECORDS提供)
(DOUBLE JOY RECORDS提供)

Cars and Coffeeでグッと来るクルマたちを見ながら、脳内にうっすらと曲のイメージが浮かんできました。この時点でのタイトルは「Cars and Coffee」でした。さらにアーウィンデール・スピードウェイでのレース観戦によって興奮し、より具体的なメロディーとアレンジが浮かんで来ました。この時点でのタイトルは「アーウィンデール」でした。Cars and CoffeeとアーウィンデールのNASCAR観戦の2つの刺激が混ざり合って「車と女」というひとつの楽曲として結実。迷わず、今度のニューアルバムに収録しました。僕らの拠点である横浜とL.A.を結ぶもの、それは紛れもなく太平洋の海。ということでタイトルは『PACIFIC』となりました。8月7日にリリースです。

第2日目のメイン NASCAR@Irwindale Speedway

2日目、Cars and Coffeeの後、小休止して、午後3時過ぎにメインイベント、アーウィンデール・スピードウェイで開かれた、古賀さんが出ているNASCAR K&N Pro Series Westのレースを見に行きました。

アーウィンデールはロスの中心部から車で50分くらい。でも、渋滞すると、2時間以上にもなるというから、この文章を読んで、「行ってみたい」という人は気を付けてください。早めに出発することです。

NASCAR(ナスカー)はNational Association for Stock Car Auto Racing、全米自動車競争協会の略称。

NASCAR K&N Pro Series West

それで、結局、どんなレースなんだと言われると、フリー百科事典の『ウィキペディア(Wikipedia)』にはこう書いてあります。

「NASCARは、かつては四輪市販車をベースに改造を施した車両(ストックカー)で行われ、現在は市販車に似せた純レーシングカーを使用するレースであり、主に北米大陸で行われる独自のレースカテゴリーである。(略)

多くのサーキットが、ヨーロピアンスタイルのロードコースではなく、アメリカンスタイルの楕円型をしたオーバルトラックである(ロードコースでの開催は年間わずか2レースのみ)。1周0.5マイル(約0.8km)のショートオーバルから、2.66マイル(約4.3km)のスーパースピードウェイのコースをひたすら超高速で周回する。オーバルサーキットの場合、その速度は各マシンのドラフティング効果も相まって時速300km以上にも達する世界でも稀にみる超高速レースである。」

つまり、外見は町を走っているのと同じだけれど、パワーアップした強力なエンジンのレースカーがオーバルコースをぐるぐる回って、いちばん速い車が優勝する。

  • アーウィンデール・スピードウェイ
  • アーウィンデール・スピードウェイ
    (DOUBLE JOY RECORDS提供)

オープンホイールではなく、頑丈なボディもありますから、車体が接触しても、レースは続行する。ただし、スピンしたマシンがコースを塞いだり、クラッシュによってコース上に大量のオイルが漏れたり、走行に支障の出る状況になったら、イエローフラッグが出たり、セーフティカーが入ってリスタートになる。車同士が接触するところも見どころで、中断が多いレースです。華奢で繊細なオープンホイールの車だったら、タイヤとタイヤが接触したとたんに、吹っ飛んでしまいますからね。

(Hailie Deegan選手<Bill McAnally Racing>)
(Hailie Deegan選手<Bill McAnally Racing>)

それとオーバルコースというのは実際に体験してみると、コロセウム(闘技場)みたいですね。野地さんは「相撲の土俵みたい」と言ってましたけれど……。考えてみればNASCARにおける車同士の接触はまるで格闘技のようです。そして、高速で走りながら、自分のコースを作るために接触するのは走路妨害ではないらしい。トヨタ・カムリでNASACARに挑む17歳(当時)の少女、ヘイリー・ディーガン選手は言いました。「レースを戦う上で最も大切にしているもの、それはPatience(忍耐)」であると。この言葉がNASCARの過酷さを物語っていますね。

「横山さん、NASCARの見どころは高速運転と車同士のぶつかり合いではないか、と。だって、ぶつかり合いがあるレースなんて、NASCARくらいのものだとタチモト氏が言ってました」

野地さんもそう言って、うなづいてました。

アメリカ人はそういうところもエキサイティングに感じるんでしょう。

これ以上のことは案内していただいたミスター・イサカ・カナザワの解説におまかせします。イサカって、カナザワさんの名前。ふたつとも名字みたいですけれど。本職はTRD(TOYOTA RACING DEVELOPMENT)のシニア・マネージャー。ヨーロッパとアメリカに15年以上暮らして、レースのマネジメントをしていた人。

ヨーロッパのロードレースにも、アメリカのオーバルコースのレースにも、そして、ラリーにも、あらゆるレースに詳しいA Walking Encyclopedia(生き字引 歩く百科事典)です。あ、イサカさんのインタビューをまとめているのは野地さんです。

「イサカです。名前は親がつけてくれました。ミスター・カナザワとは呼ばれません。アメリカ人からイサーカって呼ばれています。

それで、NASCARですが、アメリカではいちばん人気があるカーレースです。インディカーはオープンホイールの特別に作った車でやるレースですけれど、NASCARに出てくるのは見かけは町を走る車です。また、どれも高級車ではありません。フェラーリやベンツが出てくるのではなく、今回のレースの車はシボレー、フォード、トヨタのカムリだけ。アメリカの中産階級が乗る車だけのレースです。

アーウィンデールで行われるのはリージョナルシリーズというもので、この上にモンスター・エナジーというカップ戦があります。アーウィンデールのようなリージョナルシリーズでいい成績を上げたドライバーは格上のカップ戦に出ます。そうしてステップアップするんです。

車に積むエンジンは、カテゴリーによって違いますが、リージョナルシリーズは概ね650馬力。ナショナルシリーズは750馬力のモンスターマシーンです。カーブに来ると当然、タイヤがすべるので、滑るのをいかにコントロールするかが勝負どころです。F1の車は500馬力ですから、NASCARの方が断然ハイパワーです。アメリカ人はそういうのが好きなんですよ。そして、雨の日はレースはやりません。タイヤが滑り過ぎてレースになりませんから。

NASCAR K&N Pro Series West

また、今日のレースは夜が本番です。プラクティスで昼間走るわけですが、昼間は路面温度が高いからタイヤはちゃんとグリップします。しかし、本番になると路面温度が下がってしまい、タイヤのグリップ力が弱くなる。当然すべりやすくなる。

カーブでいかに上手に滑るか、うまく接触して自分のコースを作るかがドライバーの腕です。F1やIndyから来たドライバーもいるんですけれど、なじんでいる人は少数ですね。

  • NASCAR K&N Pro Series West
  • タコス
    (夕暮れのスタート前の腹ごなし。タコス美味しい)

アーウィンデールだと9,000人くらいの観客ですけれど、NASCARのカップ戦ともなると、10万人も来ちゃうんですよ。朝から来て、ホットドッグ、ハンバーガー、タコスを食べて、コーラやビールを飲む。生バンドが入って、アメリカのロックやカントリーをずっと演奏する。屋台が出て、Tシャツとかを販売する。NASCARはレースとサーカスとプロレスとテーマパークの要素が詰まった庶民のアメリカ文化です。」

(「NASCAR日記」は次回に続きます)

著者

横山 剣(よこやま けん)
1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年にはデビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』をリリースした。
クレイジーケンバンド公式サイト
http://www.crazykenband.com/
野地 秩嘉(のじ つねよし)
1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務、美術プロデューサーなどを経てノンフィクション作家。「キャンティ物語」「サービスの達人たち」「TOKYOオリンピック物語」「高倉健ラストインタヴューズ」「トヨタ物語」「トヨタ 現場の『オヤジ』たち」など著書多数
横山 剣・野地 秩嘉

以上

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