2023年11月14日
空飛ぶクルマ用ゼロエミッションガスタービンの技術開発~水素燃焼&エアベアリング技術により、夢のモビリティを実現へ~
トヨタ自動車(以下、トヨタ)は創業時、自動車だけではなく航空機製造を検討していました*1。現代において航空機技術は成熟しつつありますが、将来においてはよりパーソナルで、かつ、電気を活用した航空機への期待が高まっているかと思います。そうです、「空飛ぶクルマ」です。
一方で、トヨタが生み出した最初のハイブリッドカー技術のエンジンは「ガスタービン」であることをご存じでしょうか。この技術を活用する新たなチャレンジが未来創生センターで始まっており、対象は自動車、船舶、緊急用発電機と用途は様々ですが、一つの出口として「空飛ぶクルマ」を目指した開発を行っています。
- 図1 トヨタスポーツ800 ガスタービンハイブリッドカー
1977年開催第22回東京モーターショーに展示
空飛ぶクルマの実現を目指したガスタービンの提案
空飛ぶクルマの実現にあたっては、現在、電池を動力源とした様々な機体開発が世界中で行われています。それらの開発は華々しい一方で、電池は重量や容量の制約があるため、より便利さ安全さを提供できる推進機もしくは発電技術が必要となる可能性があります。
- 図2 ガスタービン概説
ガスタービンは特に小さくて軽いという特性から一般的に航空機の推進装置として使用されていて、トヨタにおいてもモビリティの推進力の一つとして1970年代から開発を実施し、技術を蓄積してきました。未来創生センターでは、“空飛ぶクルマ”実現に向けたマルチパスウェイの一つとして、この小さく軽いガスタービンに注目し研究開発を推進しています。
現在、我々が仮定している空飛ぶクルマにおける主な技術課題は以下の2つです。
- カーボンニュートラル
- 小型化すると重くなる(全体に対する割合が大きくなる)補器類
これらに対し私たち未来創生センターでは①に対しては、「水素燃焼」にチャレンジしています。また②については「エアベアリング」の技術開発にチャレンジしています。今回のレポートではこの2点について紹介いたします。
燃えやす過ぎる水素。いかにうまく燃やすかに挑戦
-まずは水素燃焼について、担当の南さん、舘林さんに開発ポイントを聞いてみました。トヨタはMIRAIなど水素を使って発電させる技術はありますが、ガスタービン内で水素を燃やそうとしているのですね。
- 図3 燃焼開発メンバー
左下 : 舘林、右下 : 南
- 南
- はい。まずは我々が水素に着目した点から説明いたします。トヨタは2021年に世界初のガスタービンのアンモニア専焼を達成しています*2-8。アンモニア専焼とはアンモニアだけ燃焼させることです。アンモニアは燃焼しても二酸化炭素を発生しないためカーボンニュートラルな燃料として期待されています。このアンモニア燃焼技術は定置用発電機を想定しています。アンモニアは毒性があるため、現在対象としている空飛ぶクルマといったパーソナルな移動体には、より適した燃料が期待されると仮定しています。
そこで別のカーボンニュートラルな燃料として水素に着目しました。水素は燃やしても水しか出ないのでクリーンだといわれています。ただし、燃焼を伴う内燃機関では、「NOx(ノックス)」という酸性雨や呼吸器系に有害な物質が出やすいという問題点があります。また、水素は他の燃料に対し極端に燃焼速度が速いため、「逆火」と呼ばれる火炎の逆流による部品溶損の危険があります。エンジニアの悩みとしては、NOxを抑えようとすると逆火しやすくなり、その逆もあり得ます。水素は燃えやすい特性から大変手のかかる燃料ですが、そこにエンジニアの楽しみがあります。
- 図4 水素燃焼器
左 : 燃焼器ライナー 内周部(色はサーモペイント)、右 : 燃焼器ライナー 外周部
低NOx化には予混合方式による希薄燃焼(当量比0.4以下)が必要となる。水素は空気よりも密度が低い(1/10)ため、両者の混合が悪くなりNOxが発生しやすく、かつ、低速度域が生じやすい。その低速度域に対し、燃焼速度が速い水素火炎(水素300cm/sec、都市ガス40cm/sec)は逆流(=逆火)を起こし、部品が溶損してしまう(図4中の黒い箇所が溶損部)
-なかなか心強いですね。水素というと爆発をイメージしてしまうのですが、そのような極端に燃焼速度の速い水素の炎を意のままに操れる方法はあるのでしょうか?
- 舘林
- はい、実は水素も空気との混合具合いや火炎の流速等を調整すれば燃焼を制御できるんです。水素をどのぐらいの温度や量で燃焼させるか、いわゆる燃焼設計については、CFD(Computational Fluid Dynamics)という数値解析手法による燃焼現象のシミュレーションを活用し、バーチャルで検討しています。ただし、従来のシミュレーションは予測精度が思わしくなく、トライアンドエラーの連続でした。
現在は、北海道大学 大島伸行教授*9、株式会社数値フローデザイン*10と共同研究中で、LES(Large Eddy Simulation)+2-scaler flameletというガスタービン燃焼に適したCFD手法にチャレンジしています。この取り組みでは、HPCI(High Performance computing Infrastructure)という大学や研究機関で活用できるスーパーコンピューター群を活用させていただいています。
- 動画1 水素燃焼器 CFD結果
左 : 火炎の温度等値面 右 : 温度分布(温度 赤=高い、青=低い)
水素燃焼設計では予混合かつ拡散燃焼方式という複雑な流れや燃焼を精度良くシミュレーション(CFD)を行うことが重要となる。これに対し、北海道大学大島研にて改良された燃焼モデル(2-scaler flamelet approach)と非定常乱流場を精度よくとらえるLarge-eddy simulation(LES)を合わせた新手法の開発を共同研究中である。シワ状の高温域が複雑に流動している様子がわかり、強い乱流燃焼場の解析ができている。
-なるほど。確かに動画をみると水素の炎がかなり複雑に動いている様子が分かりますね。
- 舘林
- 解析手法の高度化にとどまらず、燃焼可視化装置にも取り組んでいます。このようにリアルとバーチャルを融合させながら、水素燃焼設計の手の内化に取り組んでいます。
- 図5 左 : CFD結果ライナー温度分布 右 : 試験後のライナー
CFDでは局所的に温度が上昇する部分が確認されており、水素燃焼が均一に行われていない傾向が予想される(左)。試験後の部品観察においても局所的な溶損部が確認でき、CFDの妥当性を示している。この局所的な高温域は部品にダメージを与えるとともに、NOx発生箇所になるため、これを最小化する設計を行っている。
空飛ぶベアリング。10μmのコントロール技術
ガスタービンエンジンは、空飛ぶクルマに使われるような小型クラスになるとオイル系統といった補器がエンジンと同等な体積になり、その小型化が重要になります。未来創生センターでは補器をゼロにする技術として、エアベアリングというオイルなしで使用できるベアリングにチャレンジしています。開発のポイントを担当の中尾さんと波多野さんにヒアリングしました。
- 図6 エアベアリング開発メンバー
左端 : 波多野、左から二人目 : 中尾
-補器をゼロにしたいとのことですが、ベアリングというと機械の中の軸をなめらかに回転させる部品でオイルが必要だと思うのですが、オイルの代わりになにを使ったのでしょうか。
- 中尾
- 実は、オイルの代わりに空気を使います。この空気が高速回転する軸を支えることになります。この魔法の空気を生み出すところが、設計ノウハウになります。
- 図7 エアベアリング概説
-なるほど、空気で軸を支えることができれば、オイルも必要なく、余計な摩擦も発生しないので、静かで快適なモビリティが実現できそうですね。でも、空気だけだと安定して浮かないのではないでしょうか。
- 波多野
- 安定した空気膜は10μmほどの膜厚で、その膜厚を維持するためのベアリングは50μmほどの厚さの板で構成されており、エアベアリングはバネのような性質を持たせることで適切な空気膜厚を維持します。設計で難しいのは、以下の2点です。
- 空気膜(流体)とエアベアリング(構造)の関連性の考慮
- バネの性質を持たせるためのエアベアリング製作ノウハウ
どちらにエラーが生じても安定した空気膜ができないため、設計と製作技術を高める研究を行っています。
- 図8 流体&構造解析
空気力が変化すると、内部のバネには変形が生じる。その変形は多方に影響をおよぼし、ベアリング全体の変形となる。この変形は空気力の変化につながり、またバネの変形を生じる。エアベアリング設計では、流体力(CFD)と構造変形(FEM)を精度良く解析し、かつ、その2つの相互作用をとらえる連成解析(FSI : fluid structure interaction)に取り組んでいる。
- 図9 左 : エアベアリングが支える軸(シャフト)の軌跡(実測)、右 : エンジン軸からエアベアリングに加わる力と、ベアリングが軸を支える力(イメージ)
特定の条件において回転軸が異常振動をきたし、軸系が破損する場合がある(上図左)。エアベアリングは10μmオーダーの非常に薄い空気層で軸を支えているため、空気膜厚より大きな軸の動きがある場合、軸およびベアリングは破損してしまう。右図は回転数により変化するベアリングに負荷される力とそれを支える力を示す。ガスタービンは非常に高速で回転するため、ベアリング内が超音速になることによる発熱や燃焼ガスの伝熱による発熱のため、軸を支える力が低下する場合がある(右図点線)。研究ではこれらを回避する冷却構造(バネの形、バネの重ね方)やコーティング技術を開発し、またミクロンオーダーの動的な変形をとらえられる計測を行っている。
今後の展望について
技術的課題は多いですが、空を自由に飛ぶための技術マルチパスウェイの一つとして、ガスタービン技術を磨き、提案していきます。そこには誰にも負けない技術やエンジニアの醸成と、それに向けた熱い気持ちと意思が大切です。これからも高い目標を設け、謙虚に挑戦していきます。
- 図10 プロジェクトメンバー
著者
南 貴博(みなみ たかひろ)
未来創生センター R-フロンティア部 ガスタービングループ長
参考資料
*1 | https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/text/taking_on_the_automotive_business/chapter2/section5/item9_b.html |
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*2 | 13th Asia-Pacific Conference on Combustion 2021 Ignition of 100% ammonia in a swirling burner for a 50 kW-class micro gas turbine |
*3 | 15th Triennial International Conference on Liquid Atomization and Spray Systems Characteristics of Ammonia Spray Injected by Pressure-Swirl Atomizers |
*4 | 第49回日本ガスタービン学会定期講演会 50kW級液体アンモニア燃焼マイクロガスタービン開発 |
*5 | 第50回日本ガスタービン学会定期講演会 オンボード改質器を用いたNH3供給によるガスタービン始動 |
*6 | 第50回日本ガスタービン学会定期講演会 液体NH3供給による50kW級マイクロガスタービンの発電実証 |
*7 | 第60回燃焼シンポジウム 液体アンモニア燃焼器におけるプレ燃焼の影響 |
*8 | Proceedings of ASME Turbo Expo 2023 EXPERIMENTAL INVESTIGATION OF THE STABILITY OF LIQUID/GASEOUS AMMONIAFIRED MONO-FUEL GAS TURBINE |
*9 | 北海道大学工学研究院 計算流体工学研究室 |
*10 | 株式会社数値フローデザイン |
本件に関するお問い合わせ先
- 未来創生センター
- メールアドレスfrc_pr@mail.toyota.co.jp