滞空性プラットフォーム「マザーシッププロジェクト」第2弾
  • エネルギーをみんなに そしてクリーンに
  • 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 住み続けられるまちづくりを
  • 気候変動に具体的な対策を
  • パートナーシップで目標を達成しよう

トヨタ自動車には豊田佐吉遺訓をまとめた豊田綱領があり、その中に「研究と創造に心を致し 常に時流に先んずべし」という言葉があります。私たち未来創生センターでは、将来日本が抱えるであろう社会課題を想定し、資源の多くを輸入に頼っているわが国の将来のエネルギーセキュリティのために2018年「マザーシッププロジェクト*1*2*3を立ち上げました。「マザーシッププロジェクト」とはカイト(凧)を対流圏界面域に飛ばし、空中プラットフォームとして偏西風を利用して発電したり、ほか世の中に役立つサービスを提供したりしようというプロジェクトです。このプロジェクトを実現させるために、我々は以下のように開発を進めてきました。

  • 2018年4月 
    プロジェクト開始
  • 2018年7月 
    「膜体インフレータブル構造」のカイトを自ら設計、製作、試験評価開始
  • 2020年5月 
    米国産基材で地上高度1,000m飛行達成
  • 2021年3月 
    高高度での飛行を実現するためのオンリーワン技術が詰まった「新基材」の開発完成
  • 2021年9月 
    新基材を用いたカイトによる連続滞空飛行試験開始。その後、2021年10月、11月、2022年3月と計4回実施
  • 2023年3月 
    新制御技術を導入したカイトによる連続滞空飛行試験実施
  • 2023年9月 
    12時間連続滞空飛行試験実施

先回の第1弾の記事*4では高高度での飛行を実現するためのカイト用「新基材」の開発について紹介しました。今回の第2弾では、2022年3月の連続滞空飛行試験結果を踏まえ、過酷な風況(風の状態や性質)の中でもカイトを長時間、安定的に滞空させるために重要なカイトの「姿勢制御の開発」について紹介します。

新基材はできた、新たな目標が見えてきた

まずは、第1弾で告知した2022年3月実施「新基材」を用いたカイトによる連続滞空飛行試験結果をお伝えします。動画1をご覧ください。我々が想定していた通り新基材採用によりカイトが軽量化でき、縫い目部分の強度が上がったことで、強風に対するカイトの耐久性は大幅に向上し、飛行中インフレータブル構造の骨格が折れるような現象は起りませんでした。しかしながら、安定した風が吹いていた時間が短かったため、連続滞空2時間13分と目標の連続滞空24時間にはいうに及ばず、自然環境が試験結果に大きく影響する大変さを身に染みて感じました。

動画1 2022年3月実施 飛行試験のようす

しかし、それは我々の言い訳であり、マザーシッププロジェクトを実現するためにはいつでもどこででもカイトを揚げて空中に連続滞空させる必要があります。そこで我々の次のマイルストーンを、一年中通して強風が吹く場所でも長時間、安定的に滞空が可能な制御技術を開発することに設定いたしました。

シミュレーションでみえてきた根本的な原因

2021年9月から実施していた数回の飛行試験中、カイトに強い突風があたるとカイトが大きく姿勢バランスを崩し落下する、いわゆる「ダイブ落下」という現象に悩まされていました。この現象を解決するためにカイトの構造設計を見直し、剛性や安定性を高めようとしましたが(図1)、カイトが耐えられる突風風速は10m/sから20m/sまで改善したものの、飛行試験の風況はそれを超える30m/sだったため、構造設計の工夫によるダイブ落下解決には至りませんでした。

図1 カイト構造の進化(右から左へ)
図1 カイト構造の進化(右から左へ)

ちょうどそのころ、プロジェクト立ち上げ時から3年かかりで開発していたカイトのダイナミクスシミュレーション(運動方程式を基にした飛行運動モデル)ができあがってきたので、早速、シミュレーションをしてみたところ、突風時のダイブ落下の要因が「膜体インフレータブル構造」を採用したがゆえの、左右の翼の非対称変形によるものだということが分かりました(図2、動画2)。これは大きくて軽い構造体を実現するために「膜体インフレータブル構造」を採用したことによる本質的な技術課題であり、カイトの長時間滞空実現のためには「空力舵(航空機の機体に取り付けられた舵)」を使ってこの左右の翼の非対称を補正する「姿勢制御の開発」が必須であることが分かりました。

図2 ダイナミクスシミュレーションを使った、左右の翼の非対称変形再現例
図2 ダイナミクスシミュレーションを使った、左右の翼の非対称変形再現例
動画2 左右の翼の非対称変形による突風を受けた時のカイトダイナミクスシミュレーション例

空力舵と姿勢制御の開発チャレンジと課題克服

空力舵の構成には無限の解がありますが、カイト上に積んだバッテリーで駆動させるためサイズが小さく、軽く、省電力かつ姿勢を制御する上で空力特性変化が大きいことが望まれます。数々のダイナミクスシミュレーションや風洞試験による試行錯誤の結果、飛行機翼のスポイラー形式を採用し、カイト上面の左右翼弦に搭載することにしました(図3)。

図3 空力舵としてのスポイラー搭載状況
図3 空力舵としてのスポイラー搭載状況

また2021年、米国のPrinceton大学に生物のダイナミクスを分析・解析する研究室*5がありそこで行われていた猛禽類の飛行に関しての研究が面白いということで、Dr. Aimy Wissa先生とトヨタ自動車の米国の先端研究拠点Toyota Research Institute of North America(以下、TRINA)が共同研究をしていました。猛禽類といえば、高高度から急に姿勢を翻して急降下し、林の中の地面を逃げ回る小動物を捕まえるなど飛行ダイナミクス制御ができていることから、我々のカイトの姿勢制御に役立つかもしれないと考え、早速、TRINAに相談しました。

図4 猛禽類のコバート翼
図4 猛禽類のコバート翼

猛禽類には図4に示すような「コバート」と呼ばれる羽を有し、それが空力舵として制御していることをTRINAより教えてもらい、早速、我々のカイトにもコバート風の空力舵を導入してみました(図5)。ダイナミクスシミュレーションで解析した結果、シミュレーション上では30m/s程度の突風を受けても充分な姿勢制御が可能だということが分かりました。

図4 猛禽類のコバート翼
図4 猛禽類のコバート翼
図5 カイトへのコバート空力舵実装
図5 カイトへのコバート空力舵実装

そして2023年3月、満を持してスポイラーとコバートを装着したカイトを飛行試験をした結果、荒れた風況の中でも6時間の安定した連続滞空を達成しました(動画3、図6)。

動画3 2023年3月実施 飛行試験のようす
図6 6時間連続滞空達成時のカイトとメンバー
図6 6時間連続滞空達成時のカイトとメンバー

これから

マザーシッププロジェクト開始から約5年半経ち、立ち上げ当初は3名で始めたプロジェクトも、今では世界中に仲間ができ、また世界の研究者から問い合わせをいただくなど、プロジェクトとして育ってきていることを実感しています。第1弾で示したマザーシッププロジェクト概要の実現を目指し、次の目標として2024年現カイトの進化版による高度5,000m、8日間の連続滞空を掲げ、目下メンバーと開発に勤しんでいます。

またカイトの応用先として、世の中に貢献できるサービスの検討も行っています。その一例として、線状降水帯のような甚大気象になりうる現象を上空のカイトにより集めたデータを用いて予測したり、カイトを防災・減災のために気象制御する手段として活用することも検討しています。後者については、内閣府ムーンショットプログラム目標8(気象制御)*6のコア研究プロジェクト「ゲリラ豪雨・線状対流系豪雨と共に生きる気象制御」*7の研究参加者として参画しています。

いつの日か「マザーシッププロジェクト」の実現を夢見て、我々の挑戦は続けていきます。

番外編 : 過酷な試験場所を探し、行きついた先は福島県。『道場』での過酷な飛行試験の紹介

日本国土の約2/3が山岳であることから、一年中通して強い風が吹く地域は多くあります。その中でも、我々の研究拠点(静岡県)から移動しやすく、夜間飛行ができるなどいくつかの条件に合致し、また、このプロジェクトの立ち上げ時からお世話になっていたこと考慮し、福島県庁に試験場所を相談した結果、「まず福島県郡山市熱海町石筵の牧草地」に決定いたしました(図7、8)。ここでの試験は決して甘いものではなく、3方向を高い山で囲まれているため、季節や日夜の気温の変化が激しく、時折の暴風雨や雪、荒れ狂ったように風が吹いたり止んだりするなど、まさに我々のカイトを鍛える『道場』になりました。そしてこのようは過酷な状況下での試験運営は死活問題で、いかに安全に、かつ効率よく試験を行うか、福島県の『道場』関係者と現場で工夫と実践を重ねながら飛行試験のレベルを上げていきました。

図7 『道場』の場所と荒れた風況イメージ
図7 『道場』の場所と荒れた風況イメージ
図8 『道場』での寒い夜間試験状況。雪が積もったときには地元の方がボランティアで雪かきをしてくださいました
図8 『道場』での寒い夜間試験状況。雪が積もったときには地元の方がボランティアで雪かきをしてくださいました

また、飛行試験において重要なのは飛行中の風況条件の把握です。株式会社ウェザーニューズ*8より飛行試験期間中、毎日『道場』周辺平面約80km四方、高さ2,400mにおける風況予測情報を、平面は300m毎、高さ方向は地上10mから上空に50mずつの間隔で提供(図9)してもらい、それに基づいて翌日の飛行試験計画を立てました。またメトロウェザー株式会社*9におかれましては我々の飛行試験中、終日同行いただき、ドップラーライダー(上空の風の急変域を検出する装置)によるリアルタイムの風況状況把握にご協力してもらいました(図10)。この場をお借りしてお礼申し上げます。

最後に、マザーシッププロジェクトの開発については、2023年11月2日付けトヨタイムズ、連載なぜそれトヨタ「凧あげを研究するトヨタ社員。その目的はまさかの・・」でも紹介しています。どうぞこちらもご覧ください。

図9 『道場』周辺の精密風況予測計算の事例。一般に市街地の風況予測情報は平面は5km毎なので、今回ウェザーニューズより提供いただいたデータがいかに緻密だったのかが分かります。また『道場』での飛行試験期間中ウェザーニューズから風況予測をいただく際、毎回「頑張ってください。応援しています」とのメッセージもいただき、非常に励みになりました
図9 『道場』周辺の精密風況予測計算の事例。一般に市街地の風況予測情報は平面は5km毎なので、今回ウェザーニューズより提供いただいたデータがいかに緻密だったのかが分かります。また『道場』での飛行試験期間中ウェザーニューズから風況予測をいただく際、毎回「頑張ってください。応援しています」とのメッセージもいただき、非常に励みになりました
図10 ドップラーライダー(当時仕様)での同時計測(中央赤色軽トラック荷台に設置)。メトロウェザーとは数々の苦難を共にし、「同じ釜の飯を食う」仲間になりました
図10 ドップラーライダー(当時仕様)での同時計測(中央赤色軽トラック荷台に設置)。メトロウェザーとは数々の苦難を共にし、「同じ釜の飯を食う」仲間になりました

謝辞

福島県『道場』関係者

著者

板倉 英二
トヨタ自動車が、かつて航空機用エンジンの開発していた際の、型式・製造認証取得の中心メンバー。以降、将来モビリティ企画研究に従事。夢は「マザーシップ」を実現させること。マザーシッププロジェクトがいろいろな研究や技術の集合体であることから「今は日の目をあまり見ていない尖った研究や技術」のプラットフォームにもできないか考えています。関心がありましたら是非ご連絡ください。

本件に関するお問い合わせ先

未来創生センター
メールアドレスfrc_pr@mail.toyota.co.jp

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