未来のフィットネス研究
  • すべての人に健康と福祉を

トヨタ自動車株式会社 未来創生センターでは、「幸せの量産」に向けて、ヒトのWell-beingを構成する重要な要素のひとつとして「運動機能の維持向上」に着目しています。ダイエットに限らず、健康のために毎日運動したいと思いながら、なかなか続かないという経験をお持ちの方も多いと思います。そこで、未来創生センターでは、なぜか自ら運動を続けたくなるようなフィットネス機器の研究に取り組んでいます。今回はこの研究について竹田にインタビューしました。

-なぜか自ら運動を続けたくなるようなフィットネス機器とは、夢のような話ですが、どのような機器なのでしょうか?

竹田
機器自体はとてもシンプルなんです。大きく3つの部分で出来ています(動画1、図1)。1つ目は自転車を漕ぐように動かすペダル。2つ目は座面が自由に回転できる椅子。そして、3つ目はペダルと椅子をつなぐヒモです。試しに使ってみませんか?
動画1 開発機器*1
市販のペダル運動機器を改造し、ペダルと椅子座面をヒモで連結することで、ペダルを踏むと座面が回転し、足の踏み込みが楽になるようにした。ペダル運動機器は、自転車のように左右のペダルが180°の位相差で取り付けられており、ペダルの動きに合わせてヒモが左右交互に引っ張られる。ヒモは座面の側部に取り付けられ、ヒモの引っ張りによって座面が回転する。
図1 開発機器の構造(条件A)
図1 開発機器の構造(条件A)*1
足でペダルを踏み込もうとすると、足と同じ側のヒモが引っ張られ、その結果座面が回転する。ヒモを連結するために、ペダル軸の長さを延長し、その端部に円形のプレートを取り付け、プレートの中心が回転中心と一致するように調整した。ペダル軸に対するヒモの取付位置によって、ペダルと座面の相対的な動きが変化するようにした。ペダル軸に対して正転方向に+90°の位置にヒモを取り付けると、足でペダルを踏み込む直前に、その足と同じ側の腰が動かされ、腰の動きによって足の踏み込みがサポートされる。

-とても不思議な感覚ですね。一度ペダルを漕いだら、なんとなくペダルを漕ぎ続けたくなります。どうしてこんな現象が起きるのでしょうか?

竹田
ポイントはこのヒモです。ペダルを踏み込むと、ヒモによって座面が右や左へ引っ張られる仕組みなんです。座面の片側が前方へ引っ張られると、腰は座面と共に回転し、足を踏み出しやすくなります。

-なるほど、自分自身のペダルの動きがヒモによって座面に伝わって、次の自分の踏み込み動作を促進しているんですね。この発想はどこから生まれたのですか?

竹田
運動を続けたくなる機器を作りたくて試行錯誤しているときにこの発想が生まれました。まず座面が電動モーターで動く椅子を作り、その椅子に座りながらペダル運動をしてみました(図2)。ペダル運動を続けたくなる感覚が確かにありました。何度も試していると、「左腰が前方に動くと、左足を踏み出しやすくなる」ということに気付きました。ただし、電動モーターの動きをきっかけとして足を動かすので、「やらされ感」がありました。もし、自分自身の動きをきっかけにペダルを漕ぎたくなるならば、「やらされ感」を低減できるのではないかと考えました。
図2 予備検討機でのペダル運動誘発
図2 予備検討機でのペダル運動誘発*1
電動モーターで座面が回転する椅子に座り、座面の動きに合わせてペダル運動をすると、ペダル運動への誘発を感じる。例えば回転角度±10°周波数1Hzの正弦波軌道で座面を回転させる。回転によって、座面の左側が前方へ移動すると、左腰が前方に動かされ、左足を踏み出しやすくなる。一方、座面の右側が前方へ移動すると、右腰が前方に動かされ、右足を踏み出しやすくなる。これらが交互に繰り返されることで、ペダル運動が周期的に誘発される。

-試行錯誤の中での発見だったんですね。この現象は誰もが共通して起きることなのでしょうか?

竹田
いい質問ですね。多くの人で起きる現象です。私も同じ疑問を持ったので、まず同じ職場の数名に試してもらいました。その結果ほとんどの人が「なぜか動かしたくなる」とこたえたのですが、ひとりだけ「特に動かしたくならない」とこたえました。このとき、私はあることを試したくなりました。それは、座面を引っ張るタイミングをずらすことです。図3のようにヒモを当初と正反対の位置に取り付けてその人に試してもらうと、今度は「すごく動かしたくなる」とこたえました。どうも人によって、動かし続けたくなるタイミングが違うようだということがわかりました。そこで、私が動かし続けたくなる条件Aと、先ほどの人が動かし続けたくなる条件Bの両方を、36名の実験参加者に試してもらいました。
図3 条件B
図3 条件B*1
足でペダルを踏み込もうとすると、足と反対側のヒモが引っ張られ、その結果座面が回転する。ヒモを連結するために、ペダル軸の長さを延長し、その端部に円形のプレートを取り付け、プレートの中心が回転中心と一致するように調整した。ペダル軸に対するヒモの取付位置によって、ペダルと座面の相対的な動きが変化するようにした。ペダル軸に対して正転方向に-90°の位置にヒモを取り付けると、足でペダルを踏み込む直前に、その足と反対側の腰が動かされ、腰の動きによって足の踏み込みがサポートされる。条件Aと比べてヒモの取付位置が180°異なり、踏み込もうとする足と反対のヒモが引っ張られる。

-どのような結果だったのでしょうか?

竹田
はい。条件Aの方が動かしたくなると感じた人が多く、条件Bでは感じ方にばらつきがありました(図4)。全36名のうち33名が、条件Aまたは条件Bのいずれか、もしくは両方の条件で動かしたくなると感じました(図5)。また、条件Aは漕ぎやすいとこたえた人が多く、条件Bでは賛否がはっきり分かれました(図6)。さらにこれらの結果を分析すると、条件A、Bともに、ペダル運動を続けたくなると同時に漕ぎやすさも感じていることもわかりました(図7)。このような単純な運動でも人によって体の使い方が異なり、それぞれの個性に迫ることで、体の動かし方の研究に深みが増します。
図4 ペダル運動が誘発される感覚の7段階アンケート結果
図4 ペダル運動が誘発される感覚の7段階アンケート結果*2
なんとなくペダル運動をしたくなる感覚を誘発感と定義した。ヒモなし条件を基準4としたとき、誘発されたと感じれば5以上を、抑制されたと感じれば3以下を、回答してもらった。条件Aでは多くの人が誘発を感じ、統計的な有意差が確認された(評価結果の母平均は基準4と同じかt検定をすると、p<0.01で棄却された)。一方、条件Bでは誘発の感じ方に個人差がみられた(上記t検定をすると、棄却されなかった)。
図5 ペダル運動が誘発される感覚の7段階アンケート結果の散布図
図5 ペダル運動が誘発される感覚の7段階アンケート結果の散布図*2
なんとなくペダル運動をしたくなる感覚を誘発感と定義した。ヒモなし条件を基準4としたとき、誘発されたと感じれば5以上を、抑制されたと感じれば3以下を、回答してもらった。横軸は条件Aのアンケート結果を、縦軸は条件Bのアンケート結果を、それぞれ示す。全36人のうち33人が条件Aまたは条件Bのいずれか、もしくは両方の条件で5以上を回答している。つまり、全36人のうち33人は本実験で誘発を感じたと回答した。なお、グラフ表示の都合上、アンケート結果に±0.1の範囲の乱数を加えて散布図を作成した。
図6 ペダル運動の漕ぎやすさの7段階アンケート結果
図6 ペダル運動の漕ぎやすさの7段階アンケート結果*2
ヒモなし条件を基準4としたとき、漕ぎやすいと感じれば5以上を、漕ぎにくいと感じたれば3以下を、回答してもらった。条件Aでは、漕ぎやすいと回答する傾向がみられたが、統計的な有意差は確認されなかった(評価結果の母平均は基準4と同じかt検定をすると、棄却されなかった)。一方、条件Bでは、漕ぎやすさに個人差が強くみられ、賛否が分かれた(上記t検定をすると、棄却されなかった)。
図7 誘発感と漕ぎやすさの関係
図7 誘発感と漕ぎやすさの関係*2
7段階アンケート結果を基に、ペダル運動の誘発感と漕ぎやすさの関係を調査した。条件A、条件Bともに誘発感と漕ぎやすさには正の相関がみられた(相関係数r>+0.6)。なお、グラフ表示の都合上、アンケート結果に±0.1の範囲の乱数を加えて散布図を作成した。

-とても面白い結果ですね。そもそもどうして動かし続けたくなるという現象が出てくるのでしょうか?

竹田
この現象は以下の2つで説明できます。まず1つ目は体の一部が動くと、その影響で周辺の部分も動きやすくなります。たとえば腰が動くと、足も自然と動かしやすくなります。このような体の動きの連携は「運動連鎖*3」と呼ばれています。次に2つ目は私たちの体には、歩いたり走ったりするときにリズムよく動作を続ける仕組みが備わっていると言われています。この仕組みによって、特に意識しなくても動きをリズミカルに続けることができるのです。この仕組みは「CPG*4」と呼ばれています。まとめると、腰の動きが足の動きを助ける「運動連鎖」と、リズミカルな動作を可能にする「CPG」の働きによって、この現象が起きていると考えています。

-ヒトの体の使い方を深く知ることで、運動を続けたくなるメカニズムが明らかになりそうですね。どのような分野でこの技術が活用できるのでしょうか?

竹田
そうですね。運動を続けたくなるメカニズムがわかると、運動が苦手な人への運動サポート技術につながると考えています。たとえば高齢者や運動モチベーションが低い人が運動を続けやすくなるようサポートできるかもしれません。特に、個々の体の使い方に合わせた機器の開発が進めば、その人に合った運動サポートが可能になるでしょう。

-それは素晴らしいですね。今後の研究も楽しみにしています。

コラム あなたの動かし方はどっち?

ペットボトルで飲み物を飲むとき、どんな体の動かし方をしていますか?あまり深く考えたことはないかもしれませんが、実は手首を上手く使って飲む人と、あごを上に向けて飲む人がいるんです。手首を上手く使う人はコンパクトな動きになり、あごを上に向ける人は大きな動きになります。もちろん、2つの動かし方に優劣はありません。わざと違う動かし方を試してみることもできますが、そのときになんとなくやりにくさを感じるかもしれません。
普段の何気ない動作でも、人それぞれのやり方が異なりますが、大きく2つのパターンに分けられそうです。ほかにも、カバンを持つときには、指で引っ掛ける持ち方と、手のひらでにぎる持ち方があります。また、うちわであおぐときも、手首だけを動かすあおぎ方と、腕全体を使うあおぎ方があります。これらの動かし方のパターンには、何らかの関係があるかもしれませんね。
とはいえ、日常のちょっとした動作にも個性があらわれるなんて面白いですよね。自分や周囲の人がどんな動かし方をしているのか、ちょっと話題にしてみてください。それだけでも、日常が少しだけ楽しくなるかもしれませんよ。

日常生活での体の動かし方の違い
左 : うちわのあおぎ方、中央 : ペットボトル飲料の飲み方、右 : カバンの持ち方

著者

竹田 貴博

竹田 貴博(たけだ たかひろ)
博士(工学)
未来創生センター R-フロンティア部 量子人間研究グループ 主任
2008年トヨタ自動車株式会社入社。大学院ではロボット工学を専攻。入社後、パートナーロボット開発を担当。特にリハビリテーション支援ロボットに関わった経験からヒトに関わるシステムに興味を持つ。現在、バイオメカニクスと心理学の観点からヒトのWell-being研究を推進。運動の継続性を高める研究では、主体性が重要であることに着目し、それを自分のダイエットに活かして9キロ減量した経験を持つ。

著作権

本記事の著作権の一部は、一般社団法人 日本機械学会(動画1、図1~3)、および、任意法人 日本感性工学会(図4~7)に帰属します。本記事は上記学会の許可のもとに掲載しました。動画1および図1~7をご利用にあたっては上記学会に問い合わせください。

研究倫理

本記事に掲載する実験は、トヨタ自動車株式会社 研究倫理委員会承認のもと、行われました(承認番号 2023TMC132)。

補足説明・参考文献

*1 竹田貴博, 自発的な座位ペダル運動を誘発する機器の開発, ロボティクス・メカトロニクス講演会2024予稿集, 1P1-F09, 2024.
*2 竹田貴博, 自発的な座位ペダル運動を誘発する機器の官能評価- ユーザ自身の運動が誘発感覚を変化させるか? -, 第26回日本感性工学会大会予稿集, P3-14, 2024.
*3 体のある部位の動きが周辺の部位へ伝播する現象です。
Haifa Saleh Almansoof, Shibili Nuhmani, Qassim Muaidi, Role of kinetic chain in sports performance and injury risk: a narrative review, Journal of Medicine and Life, 2023 Nov; 16 (11): 1591–1596.
*4 中枢パターン生成器の略称です。周期的な運動のリズムを生成する役割を担います。
Straub, V.A. (2009). Central Pattern Generator. In: Binder, M.D., Hirokawa, N., Windhorst, U. (eds), Encyclopedia of Neuroscience. Springer, Berlin, Heidelberg.

本件に関するお問い合わせ先

未来創生センター
メールアドレスfrc_pr@mail.toyota.co.jp

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