燃料電池バスを利用した移動式睡眠ラボ開発の取り組みについて
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トヨタ自動車 未来創生センター(以下、トヨタ)と筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS)*1は、大学内に設立した共同研究拠点である未来社会工学開発研究センター(F-MIRAI)*2において、健康な生活に欠かせない3大要素「睡眠・食・運動」の1つである睡眠とモビリティについて研究を進めています。

このたび、トヨタとIIISが睡眠障害の診断が可能な「終夜睡眠ポリグラフ(Polysomnography : PSG)検査」*3を車内で受診できるように燃料電池バス(FCバス)を改装した「移動式睡眠ラボ」を共同で開発したので、ご紹介します。

睡眠不足の影響

一般に、睡眠不足は、記憶や意思決定をはじめとする高次脳機能の低下を引き起こすだけでなく、うつやメタボリックシンドローム、認知症など、多数の疾病のリスクを高めると言われています*4。そして、先進国における睡眠障害*5の有病率は15%前後で、生涯有病率は30%を超えています*6。特に日本人の睡眠時間は平均442分(7.3時間)とOECD加盟国30カ国中最下位*7で、睡眠不足に起因する日本の経済的損失はGDPの2.92%に相当する1386億ドル(16.6兆円*8)/年と試算され対GDP比で最下位となっています*6。そのため、睡眠に関わる問題の解決は、まさに喫緊の課題と言えます。

睡眠検査の現状

PSG検査ができる睡眠検査施設は日本に700施設程度ありますが、患者数に対して十分な施設数ではなく、恒常的に3~4か月ほど検査待ちの状態です。また、PSG検査には1~2泊の検査入院が必要だったり、睡眠検査施設が近所になかったりするため、時間的制約がある方、施設までの移動が困難な方にはPSG検査を受けるのが困難な状況となっています。

FCバスの移動式睡眠ラボへの活用

そこで我々は、これまでPSG検査を受けられなかった睡眠障害の患者さんにも検査が受けられる環境を提供できれば、多くの方の助けになるのではと思い、PSG検査室が移動して患者さんのもとに来る、世界初*9移動式睡眠ラボの実現を目指しました。まずベースとなる車両は、将来、水素の利活用が進み水素ステーションが増設されること、燃料電池技術の進歩により航続距離や登坂性能が向上されることを考慮して、ほぼ無騒音・無振動で大電力を供給できるFCバスの採用が最適であると考えました。FCバスの無騒音・無振動は、患者さんだけでなく測定者の負担も軽減できると期待されます。

共創による課題解決と開発

さらに我々は、PSG検査を行う睡眠検査施設よりも厳しい条件を要求されるヒト睡眠研究施設としても使用できる高機能*10で、かつ、なるべく多くの睡眠検査室を確保できる移動式睡眠ラボを目指しました。

例えば、ヒト睡眠研究施設の厳しい室内温湿度要件を満たすために、当初は高精度に温湿度管理できる局所精密空調の導入を考えました。しかし、装置の設置スペースだけで睡眠検査室ほぼ1部屋分が必要となり、睡眠検査室の数が制限されることや、温湿度や換気条件によってはFC電源をもってしても消費電力が足りなくなることがわかりました。そこで、室内温湿度を必要最小限の要件に見直すことにより、家庭用のエアコンと加除湿器の空調とし、結果、FCバス内に睡眠検査室を2室確保することができました。また、PSG検査に用いる脳波計は、電源等の外部からのノイズの影響を受けやすいため、FCバス機器からのノイズやFC電源の電源ノイズの脳波計に与える影響を調査しました。炎天下の中、何度も研究員や先生までにも脳波計を装着していただいて、脳波データに重畳するノイズ成分の評価を行いました。その結果、ノイズの影響を受けないよう独立した専用バッテリーと、無線通信を利用する構成を提案することができました。

移動式睡眠ラボの概要
移動式睡眠ラボの概要

移動式睡眠ラボの性能検証

こうしてできた移動式睡眠ラボでのPSG検査が、ヒト睡眠研究施設での検査結果とそん色ないか性能検証を行いました。

まず被験者を二班に分け、移動式睡眠ラボとヒト睡眠研究施設でのPSG検査を交互に受けていただきました。(図1)

図1 実験手順
図1 実験手順

移動式睡眠ラボとヒト睡眠研究施設での脳波測定結果を睡眠ステージ判定に熟練した臨床検査技師に解析してもらうことで、各睡眠段階における特徴的な波形が確認され、移動式睡眠ラボとヒト睡眠研究施設のPSG検査の同等性が検証されました。(図2)

図2 ヒト睡眠研究施設(上)と移動式睡眠ラボ(下)でのPSG検査結果の一部(睡眠脳波)。各睡眠段階において、同等に特徴波形が確認される
図2 ヒト睡眠研究施設(上)と移動式睡眠ラボ(下)でのPSG検査結果の一部(睡眠脳波)。各睡眠段階において、同等に特徴波形が確認される

今後の実証試験計画と将来への展望

今回我々が開発した移動式睡眠ラボを早速現場で使っていただこうと、茨城県内の病院において患者さんを被験者とした実証試験を計画しています。その結果は来年論文発表する予定です。

さらに睡眠障害の患者さんのPSG検査だけでなく、たとえば、大会前の過度のストレスにより不眠に悩むトップアスリートの睡眠検査や、睡眠時間が不規則になりがちな長距離ドライバーなどの睡眠検査などにも移動式睡眠ラボが活用され、日本の睡眠不足問題の解決の一助になればと願っています。

最後に、今回の開発に対して燃料電池車両開発部署より、「燃料電池自動車(FCEV)は従来車に比べ振動・騒音が少なく、ドライバー・同乗者の疲労低減効果が期待される。今回の移動式睡眠ラボへの応用などを通じてその効果・価値を評価し、ドライバー・同乗者の方に喜んで頂けるサービス等への実装を検討したい。」とのコメントがあり、FCEVの活用・普及の一端に貢献できたと思います。

IIIS棟の玄関前に揃う開発者たち。左から、柳沢正史教授、小久保利雄URA、福住昌司准教授、鈴木陽子研究員、阿部高志准教授、小渕、黒須
IIIS棟の玄関前に揃う開発者たち。
左から、柳沢正史教授、小久保利雄URA、福住昌司准教授、鈴木陽子研究員、阿部高志准教授、小渕、黒須

著者

黒須 久守(くろす ひさもり)
これまで協業による車両開発の推進、車両運動限界領域におけるドライバーの操縦性向上検討業務等を経て、21年5月から未来創生センターで産学連携による共創研究の推進を担当。

小渕 真巳(おぶち まさし)
これまで無線通信技術や安全運転支援システムの開発に従事。現在、産学連携による共創研究の推進を担当。

参照情報

*1 筑波大学国際統合睡眠医科学研究(IIIS)
*2 筑波大学未来社会工学開発研究センター(F-MIRAI)
*3 脳波・眼球運動・心電図・筋電図・呼吸曲線・いびき・動脈血酸素飽和度などの生体活動を、一晩にわたって測定する検査
*4 Baglioni C et al. Insomnia as a predictor of depression: a meta-analytic evaluation of longitudinal epidemiological studies. J Affect Disord. 135, 10-9, 2011. doi: 10.1016/j.jad.2011.01.011.
St-Onge MP. The role of sleep duration in the regulation of energy balance: effects on energy intakes and expenditure. J Clin Sleep Med 9, 73-80, 2013.
Pase M P et al. Sleep architecture and the risk of incident dementia in the community. Neurology 19, 1244-1250, 2017. doi: 10.1212/WNL.0000000000004373.
*5 睡眠障害睡眠に関連した多種多様な病気の総称。大きく分類して、不眠症・過眠症・睡眠時随伴症がある
*6 RAND CORPORATION(Why Sleep Matters - the economic costs of in sufficient sleep: A cross-country comparative analysis - November 30, 2016)より
*7 OECD(経済協力開発機構)2018年の国際比較調査より
*8 為替レートは、1ドル=120円で計算
*9 筑波大学調べ
*10 検査室サイズや温湿度管理、外光の遮蔽、調光、遮音性など

本件に関するお問い合わせ先

未来創生センター
メールアドレスxr-probot@mail.toyota.co.jp

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