2025年07月14日
現地現物で見る、組織と従業員のWell-Beingの視点~第5回Emotional Well-Being研究会 実施レポート~
誰もが、今よりもっと笑顔で幸せに暮らせる。そんな未来に少しでも貢献するために、トヨタ自動車株式会社は「幸せの量産」をミッションに掲げ、モビリティ・カンパニーとしてもっといいモビリティ社会の実現に挑戦しています。この挑戦の一つとして、2021年よりトヨタ自動車 未来創生センターおよび先進技術開発カンパニー、株式会社豊田中央研究所、Toyota Research Institute(TRI)の研究者が「Emotional Well-Being研究会」を立ち上げ、「幸せとは?」、「Well-Beingとは?」という簡単には答えの見つからない問いをさまざまな角度から議論しています*1-4。
第4回Emotional Well-Being研究会では、「トヨタで働く人のWell-Being」をテーマに、製造現場で起きている課題に着目しました。その議論をより具体的に深めるために、第5回Emotional Well-Being研究会はウェストバージニア工場(Toyota Motor Manufacturing, West Virginia, Inc.(TMMWV))とミシシッピ工場(Toyota Motor Manufacturing, Mississippi, Inc.(TMMMS))で行いました。TMMWVは1998年に操業開始し、エンジンやトランスミッションの製造拠点です。一方、TMMMSは2011年にカローラ生産を目的に設立され、米国内の自動車工場としては女性作業員が比較的多い(全作業員の31%)工場の一つです。両工場は設立当初、地域の新しい就業先として多くの方に選ばれていましたが、数十年が経過する中で産業構造が変化し、製造業に対するイメージやワークライフバランスの考え方も変わってきた結果として、労働力不足という課題に直面しています。
今回の研究会では、約30人の参加者が「製造現場で働く人との対話」を行い、従業員のWell-Beingにつながる工場の取り組みや課題意識を肌で感じることに重きを置きました。そしてその中で、製造現場のリーダーたちがもっといい職場にするために、大きく四つのポイントに注力していると感じました。
- トヨタで働くことを正しくイメージしてもらう
- トヨタで働くことに誇りを感じてもらう
- トヨタで働く不安を減らす
- トヨタで働くムリを減らす
- トヨタで働くことを正しくイメージしてもらう
早期に離職する理由の一つとして、製造現場で働き始めた後に「イメージしていた働き方と違う」というケースがあります。現在の生活では、身の回りの機械や電気製品が故障したときに自ら分解して修理することや、部品を変更して組み立てる機会も少なくなっています。このような環境で育った若い世代にとって、重く大きな部品を自分の身体や視覚、聴覚、触覚を使って注意深く組み上げていく作業をイメージすることは難しいことなのかも知れません。
さらに、製造現場での働き方に対する正しいイメージを持っていても、製造現場で働くときの体力的な負担や、お客様に届ける商品に対する責任感、そして集中力を維持することによる精神的な負担が大きいことは、実際に働いてみないとわからない部分です。
このようなギャップを解消するために、各工場では対策が講じられています。TMMMSでは「ブリーフケーストレーニング」という、2時間半のリアルタイム動画講習を通じて、これからトヨタの工場で働く人に「働くイメージ」のギャップを埋める取り組みを行っています。また、TMMWVでは地元の高校と連携し、サマースクールなどで職場体験を提供することも進めています。
- トヨタで働くことに誇りを感じてもらう
TMMWVとTMMMSでは、メダル制度や表彰制度("Elevated Excellence" at TMMMS)であったり、勤続年数を称えるネームプレートを壁に飾ったり、チーム内でギフトを贈ったり、とさまざまなかたちで活躍した従業員を称えています。ここで大切なことは、称えられた人だけがかっこいい思いをする、ということではなく、その周りの人もトヨタで働く人としての誇りを感じられるための仕組みである、ということです。
例えば、メダル制度では、製造現場の従業員のカイゼン活動の能力と知識を評価し、ブロンズ、シルバー、ゴールドとステータスを付与しています。カイゼン活動とは、製造工程に潜むムリ・ムラ・ムダを見つけ出し、それらを排除するための取り組みであり、トヨタの工場の特徴の一つです。現場のリーダーたちは、より多くのメンバーがより高いステータスを取得できるよう、時間をかけ、チームで協力していく体制をつくってきました。カイゼン活動にはほぼ100%のメンバーが参加するという風土や、新しい技能の獲得と習熟に時間をかけるという風土も築いています。こうした取り組みが、メンバーの「誇り」だけでなく、チームの「誇り」を同時につくっています。
- トヨタで働く不安を減らす
トヨタでは、たくさんの仲間とともに一つの製品を皆でつくり上げていくため、職場での人間関係が非常に大切になります。しかし、時にはその人間関係に悩みを抱えることもあります。そこで重要なのが、第4回研究会でも触れた「面倒見(Mendomi)」という考え方です。これは、上司が部下に、先輩が後輩に対して、職場での悩みや人生全般の悩みに寄り添い、家族のような絆を築くことを指します。今回の研究会においても、工場で働く人たちから「面倒見」の価値を信じ、それを次の世代に伝えていきたいという思いを感じました。
例えば、インディアナ工場(Toyota Motor Manufacturing, Indiana, Inc.(TMMI))が先駆けて導入したメンター制度があります。この制度では、各工程で指導者(メンター)となる人を立候補してもらい、働き始めた若手(メンティー)に寄り添って個人的な関係を築きます。これにより、メンティーの仕事や生活に対する不安を軽減し、離職のリスクを減らすことを目指しています。実際に、TMMMSではこのメンター制度を導入した結果、離職率が改善されているそうです。従業員同士が単なる職場の同僚を超えて、家族のように会話をする文化をつくることがいかに重要であるかを示すいい例だと思います。
- トヨタで働くムリを減らす
トヨタの工場ではカイゼン活動が日常的に繰り返し行われています。これを支援するために、北米のトヨタ事業体(Toyota Motor North America(TMNA))ではOperations Management Development Divisionのメンバーがトヨタ生産方式(TPS)の伝道師として各工場を巡っています。そのメンバーは、「ムリを無くすことが最も重要で、その次にムラ、さらにムダを排除することが大切だ」と述べています。リーン生産システムとして知られるのでムダの排除が目立ちますが、実際にはまずムリを徹底的に排除すること、すなわち従業員がより働きやすい環境をつくることがカイゼンの第一歩なのです。
この基本に立ち返る中で、研究会の議論では、職場の信頼関係構築の重要性が浮き彫りになりました。ムリを無くすためには、まずムリがどのように発生しているのかを理解することが必要です。そのためには、変化を見極める力が重要だと、ある参加者は指摘しました。変化を見極めるためには、日頃から同僚や上司との間で信頼関係を築き、個々の問題をチーム全体の問題として捉えることがポイントです。こうした信頼関係は、メンバーに挑戦する意欲と自信を与え、カイゼン活動の活発化につながります。
もっといい職場にするために
現場のリーダーたちがさらにいい職場を目指す中で、「公平感」という言葉がとても大切だと私たち参加者は改めて感じました。ここでは、公平感に関する三つの問題について紹介したいと思います。
一つ目は「ムリを減らす」ことです。参加者からは、ムリの発見が難しいとの指摘がありました。ムリかどうかは相対的で、個々の余力を理解しないと判断ができません。トヨタでは「Any Member Any Process(AMAP)」をいう目標を掲げ、製造ラインのタスクと評価を見直していますが、多様な特性を持つメンバー間での負荷の公平感を保つのは難しい課題です。
二つ目は、新規雇用者への手厚い支援や福利厚生の導入が、長年働いてきた従業員の公平感に影響を与え、不満の原因になる可能性があるという問題です。従業員一人ひとりのWell-Beingを考えるためには、多面的な視点を持つことが重要であると再認識させられました。
三つ目は、製造現場の変化に対する適応の難しさです。日本では人口減少により、製造業の労働力が減っています。この問題に対処するため、車両の構造の見直しや自動化システムの導入が検討されていますが、これには従業員がスキルを進化させ、新しい知識を学ぶことが必要です。変化に対応できる人とそうでない人との間で公平感を保つことは、従業員がいつまでも活き活きと働ける職場環境と、世界中のお客様にいい製品を滞りなくお届けできる生産性とを両立させるためにとても重要です。
未来に向かって
こうした公平感に関する問題に対して、私たちは「面倒見」がますます重要になってくると考えています。誰にとっても満足のいく「公平」の実現は難しいですが、「面倒見」を通じて真摯に本音でオープンに話せる文化を築くことで、公平感が生まれるのではないでしょうか。また、そのような活動を通じて、「個人」のWell-Beingが実現されるだけでなく、個人とチーム・組織のWell-Beingを高次元で両立させることができるのではないか、と考えています。「面倒見」を担っている参加者の一人は、「カイゼンに終わりなし、面倒見にも終わりなし」と述べ、常に前向きに「面倒見」を深く考え、取り組むことが大切だと強調しました。
第5回研究会を通じて、さらにいい職場をつくるためには「公平感」が重要なキーワードであると実感しました。未来につながる研究を推進する者として、この活動で得た知見や仮説を、職場改善や、納得性のあるAIの設計手法などさまざまなアプローチの研究で検討・検証していきたいと考えています。引き続き、Emotional Well-Being研究会の活動にご期待ください。
本件に関するお問い合わせ先
- 未来創生センター
- メールアドレスfrc_pr@mail.toyota.co.jp