トヨタ自動車と理化学研究所脳神経科学研究センターとの包括連携組織である「理研CBS-トヨタ連携センター」(RIKEN CBS-TOYOTA Collaboration Center)
  • すべての人に健康と福祉を
  • 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • パートナーシップで目標を達成しよう

トヨタ自動車株式会社 未来創生センター(以下、トヨタ)は、脳科学と技術の統合によって生み出される可能性に着目し、それを通して未来社会のためのイノベーションを創出することを目指しています。その一環として、2007年理化学研究所脳神経科学研究センター(埼玉県和光市。以下、理研CBS)とともに包括連携組織である「理研CBS-トヨタ連携センター」(RIKEN CBS-TOYOTA Collaboration Center。以下、BTCC)を立ち上げました。2023年度から始まったBTCC第5期では、個人のWell-beingと集団のWell-beingが相乗的に発展する仕組みとその設計論の構築を目指しています。

2023年6月7日に行われた公開シンポジウムでは、2023年度から2025年度の研究の狙いについて、全BTCCユニットリーダー3人から研究展望を紹介いただきました。今回は、シンポジウムの内容を踏まえて3人のユニットリーダーに各ユニットの研究の注目ポイントについて話を伺いました。

私たちが体験する感情や人間関係は、脳内でどのように処理されているのでしょうか。今年2023年からBTCCに加わっていただいた小池先生は、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)という脳内の血流動態反応として脳活動を視覚化できるツールを利用して二人の脳活動を同時に記録し、二人の脳活動が同じように変化する現象(共鳴)について研究しています。講演の内容を踏まえて、さらに質問をしました(インタビュア : トヨタ グループ長 博士(工学)山田 整)。

-小池先生、他者とコミュニケーションをしているときの脳活動や仕組みを明らかにするために、どのような取り組みをされているのでしょうか?

私たちはハイパースキャニングという方法を使用して、そのメカニズムを明らかにしようとしています。ハイパースキャニングとは、社会神経科学の分野で使用されている高度な技術で、コミュニケーションしている二人の脳活動を同時に記録し、その相互作用に注目する研究手法です。

ハイパースキャニングfMRI

-ハイパースキャニングにfMRIを使用する理由は何ですか?

fMRI(上の図)は、脳全体から高い空間解像度で脳活動を計測することができる、とても有用なツールだからです。感情に関連する深部脳領域の活性を記録することもできます。

共同注意

-コミュニケーションをしている二人の脳と脳の共鳴を探求しているんですよね。

その通りです。私たちは「共同注意」に焦点をあてました。これは、同じ物体を一緒に注目していることを知る現象です。私たちは、特に右側の島皮質で二人の脳が同期していることを発見しました。

共鳴でコミュニケーション(共同注意)の神経基盤を検討する

-二人の脳が同期しているということは何を表しているのでしょうか?

正直に言うと、これは非常に難しい問いです。共同注意の同期実験では、最初に注意を向ける人が、自発的に対象を選んだ場合と、選んでいない場合を比較しました。このとき自発的に対象を選んだ場合に、脳の同期が大きくなることがわかりました。私たちは、これが二人の脳が共鳴する起源であると考えています。

-面白いですね。他者との関わり合いと共鳴の関係はとても興味深いです。さらに、脳の共鳴と幸福感の関係について教えていただけますか?

私たちのこれまでの研究では、島皮質と密接なつながりがある前部帯状回が主観的な幸福感に関与していることがわかっています。コミュニケーション中に島皮質で大きな同期が見られたということは、コミュニケーションと主観的な幸福感は関係していることを示唆しています。コミュニケーションの重要性は、WHOの幸福感の定義でも言及されています。コミュニケーションと私たちの主観的な幸福感の関係を明らかにするために、私はハイパースキャニングfMRIが有望な技術だと考えています。

小池先生の研究は、私たちの感情、人間関係、そして幸福感が脳内でどのように形成されるかについて、インタラクティブな心と脳の視点から新たな認識を与えてくれそうです。人間は他者と交流したいという本性を持っています。この本性の研究が、他者とコミュニケーションをしているときの脳の仕組みだけでなく、「ワタシ」という意識を理解するための大きな一歩になると感じました。

豊川先生にも今年からBTCCに加わっていただきました。豊川先生の研究は、社会科学の視点から私たち一人ひとりの選択が社会全体のパフォーマンスにどのような影響を及ぼすかに焦点をあてています。また、それが一人ひとりのWell-beingと社会全体のWell-beingにどのように影響を与えるかを理解しようとする試みでもあります。先生の研究についてさらにインタビューをしました(インタビュア : トヨタ 主幹 博士(工学)山口 雄平)。

-豊川先生の研究のポイントを簡単に教えていただけますか?

私たち人間は「自己判断で行動する」または「他人の行動を模倣する」の選択を通じて、社会や文化を形成してきました。個々の選択が集まることで、全体としての社会のパフォーマンスが向上する(集合知)こともあれば、逆に下がる(集合愚)こともあります。私たちは人間の歴史を通じてこれらの両面を経験してきました。私の研究では、集合知と集合愚がどのように発生するのかを見える化し、個人と社会システムの特性を明らかにしたいと考えています。

戦略的に、柔軟に、他者を模倣しあう個人たち

-先生の研究手法では、まず個々の意思決定を数理モデルに落とし込み、その個人が集まったときにどういう集団行動をもたらすかシミュレーションし大規模実験で検証する、という流れですね。

その通りです。数理モデルでの意思決定というと、実世界から離れて抽象的に思えるかもしれません。ですが、このモデリングによって、社会システムの特性が初めて明確に見えてきます。シンポジウムでは、個々がリスクの少ない選択をする場合でも、集団となると段々とリスクの高い選択をしていくという、直感的には理解し難い社会システムの特性をご紹介しました。

自己決定バイアスは、社会の自己組織化へどのように影響するか

-先生の研究は、私たちの日常生活での選択や社会の動きについて、その特性や傾向を説明してくれるので、とても面白いです。ご講演の中で例として出されていましたが、「ラーメン屋を決めるときに、口コミ評価をどう使うと良いか」という日常的な問いは、「自分で考えて試す」と「誰かのまねをする」のバランスが大事なんだと改めて気づきました。

そのバランスが良いと、個人としては美味しいラーメンを食べることができ、社会としては徐々に美味しいラーメン屋さんが増えていくことになりますからね(笑)。

-個人がWell-beingになるための意思決定に、SNSから得られる膨大な情報や進化の著しいAI技術がどのように影響するのか、さらにそれらが集団(社会)のWell-beingにどのようにつながるのかが大変興味深いですね。

そのような影響やつながりを明らかにすることは、現在の社会を理解し、より良い社会を実現する手法につながってくると思います。未来の人たちが、現在の私たちを振り返ったときに、「あの時代にあった技術だけでよくここまで良い社会を作れたね、今の私たちにもつながっているね」と言ってもらえるようにしたいですね。

BTCCでは私たちの幸福感に関与する多様な要素を研究している赤石先生と2018年からの4年間研究を進めてきました。赤石先生の「Well-beingの多層的アプローチ」は、個々の感情から集団の文化、そしてテクノロジーの影響まで、広範な視点から幸福感を考察します。脳科学、心理学、社会科学、そして最先端の技術にまたがるこの興味深い議論をしてくれる赤石先生にインタビューを試みました(インタビュア : 株式会社豊田中央研究所 研究員 博士(科学)山口 喬弘(たかひろ))。

-赤石先生は「Well-beingの多層的アプローチ」を掲げられていますが、これはどのようなものでしょうか?

私は、個人の幸せと社会全体の幸せは、切り離せないものだと考えています。脳科学、心理学、そして社会や文化の中での人々の行動、これら3つが互いに影響し合っていると思います。さらに、人工知能やSNSなどのテクノロジーも、これら3つに大きな影響を及ぼしているので、これらも一緒に考える必要があります。

ウェルビーイング=心理+脳+文化+テクノロジー

-具体的にどのような研究をしているのですか?

私たちは、人々が自由に所属する集団を選べる「関係流動性」と、孤独感との関係を調査しました。従来、収入や友人の数が孤独感に関係するといわれてきましたが、私たちの調査により高い関係流動性が、孤独感を軽減することがわかりました。また、収入が高く、友人の数が多くても関係流動性が低いと孤独感を感じることもわかりました。

集団の文化と個々の幸福感

-集団の文化と個々の幸福感は関連があるのですね

個人の行動が集団に影響を与えるケースも見られます。例えば、ゲームを通じた実験では、集団の人数が増える(最大5人まで)と協力的な選択が増え、他者の自己中心的な行動への反発も減少しました。これは、人数が増えることで他者の過去の行動を忘れやすくなり、より寛容になる傾向があるからと推測されます。つまり、脳機能に埋め込まれた本性的に寛容な戦略が、協力的なグループを作ろうとするといえます。

-大きな集団では協力しやすくなるというのは興味深いですね。ではテクノロジーはどのように影響していますか?

スマートフォンの使用と人々の幸福感や孤独感との関連性を研究したところ、スマートフォンのみの会話が幸福感や孤独感に影響するのではなく、スマートフォンに加えて対面のコミュニケーションの有無が、幸福感や孤独感に影響を及ぼすということがわかりました。AIは非常に重要で、すでにAIと人間はハイブリッドな状態で社会に存在しています。ただし現時点の研究は、大規模言語モデル(LLM)を擬人化して、人と比べてLLMがどういった特徴があるかを調べるのが主流です。私たちは、今後、LLMがどのように人間の文化を変え、どのような影響を与えるのかを研究したいと考えています。

-今後の研究がとても楽しみですね。本日は大変面白いお話をありがとうございました。

本件に関するお問い合わせ先

未来創生センター
メールアドレスfrc_pr@mail.toyota.co.jp

関連コンテンツ