クルマと愛とサウンドを語らせたら止まらない2人が、レースの楽しさを、実際のレースやレースをめぐる人たちなどを訪ねながら紡ぐオリジナル連載(#13)です。
横山剣流「サーキットは脱力して楽しめ!」
生まれて初めてサーキットに出かけていった人間はレースカーのエンジン音にびっくりするかもしれない。町を走る車のエンジン音とは違い、大音量だからである。さらに、観衆が多いことにも驚くだろう。加えてサーキットの周りに出店しているパーツ、Tシャツなどを扱う店舗がいくつもあることに気づく。しかも売っているTシャツから車のパーツまで、カラフルな商品ばかり……。
カラフルなのは店舗の商品だけではない。間近に見るレースカーは原色でペイントされ、揃いの派手なブルゾンを羽織った関係者が闊歩する。音、原色の洪水に圧倒され、どこを見て、どういう風に楽しんでいいのかがわからない。
お祭りの会場にひとりで飛び込んだようなものだ……。
「でも、心配ないです。楽しみ方さえ知っていれば何の問題もありません」
横山剣は笑いながら教えてくれた。
「サーキットに来たら、まず脱力すること。初心者はがちがちに緊張しちゃうから、ふさぎ込んでいるように見えます。脱力して楽しんでください。
- (提供 : 富士スピードウェイ)
僕の体験を話します。サーキットでなく、コンサートです。以前、(松任谷)由実さんのトリビュートコンサートに出て、『コバルトアワー』と『卒業写真』をうたいました。リハーサルを観ていた由実さんに言われたことがあるんです。
『剣さん、もっと脱力したほうがいいよ。力を抜いた方が声だって、もっと出るんだから』
あっ、そっか。
それまで僕らは開演前にメンバーで気合いを入れてからライブやってたんですよ。あの時からそういうのやめて、勝手にそれぞれが自分のペースでやるようになりました。その方がずっとよくなったんです。緊張感を高めてスタートするのはやめました。だから、レースを見る時もまずは脱力」
ということで、初めての人はサーキットに着いたら、まずはふーっと息を吐く。追加で深呼吸をしてもいい。
それから周りを見渡して、売店が並んでいるところを見ながら、グランドスタンドのほうへ歩いて行く。歩行路の両側に並んでいる売店は門前市みたいだ。ひやかしでのぞいてもいいし、車の部品やステッカーを買い込んでもいい。横山剣はいくつになっても、ステッカーを何種類も買って、自分のスケジュール帳に貼り付けている。
買い物が終わったら、いよいよグランドスタンドへ。横山剣が語る3つのポイントを見に行こう。
レース界の立役者 鈴木章の視点
実は、わたしがサーキットの見るべきポイントを訊ねたのは横山剣だけではない。レース界を支える立役者のひとり、トムススピリット代表の鈴木章にも聞いた。そして、ふたりが語った「サーキットで見るべきところ」はほぼ同じだったのである。ここからは横山さんの話に加えて、鈴木さんの語ったことを補足しながら、見るべきポイントを紹介していく。
なお、トムススピリットは、モータースポーツの未来を担う、レーサーの発掘と育成をやっている。
- (スーパー耐久への参戦もドライバー育成。岡山国際サーキットにて)
鈴木さん自身もレーサーだった。高校時代から横田基地の滑走路で行われたジムカーナ(駐車場などにパイロンを置いてスラロームするレース)で育ち、レーサーになったが、その後、裏方に回った。サーキットで青春を送り、そのまま青春とレースを続けている男だ。『グッドフェローズ』でアカデミー助演男優賞を受賞した俳優、ジョー・ペシに似ていて、目がいつも笑っている快男子である。
さて、ふたりはともに「スタートはやっぱりメインスタンドで見なきゃ」と言った。
横山談。
――グランドスタンドで全体を眺めます。ただ、スタートの種類によって視線の合わせ方が違う。ローリングスタートの場合は最終コーナーから立ち上がってくるところから見ておかないとね。ペースカー(先導車)の後について、周回して、隊列が整っていたらスタートですから。
ペースカーがピットロードに入っていくのが見えたら、スタートだなとわかる。この時の周回をローリングラップと呼びます。スーパーGTやスーパー耐久はローリングスタートですね。
最終コーナーからスタートに移るまでがドキドキですよ、まさに。
ローリングラップで隊列が整っていない場合は、競技長の判断で、旗を出さない。ペースカーもピットインせず、もう一周、走らせます。
競技長が旗を振るとそのラインからスタート。ラインの手前で抜いたりするとペナルティになる。このスタートで、かけひきの上手下手が出るんですよ。
「あっ、ペナルティじゃないの?」
そう思っても、掲示板に何も出ていなければ違反ではない。ちゃんとオフィシャルが見てますからね。グランドスタンドからレースのスタートを見る時は掲示板にも目をやることが重要ですね。走行中の順位の変動も掲示板に出ます。
スタンディングスタートの場合はグリッドに止まったところから、よーいどん、でスタートするわけです。ただし、スタートグリッドに着く前に周回します。それはフォーメーションラップと言います。
ローリングスタートの時はドライバーの駆け引きを見るのですが、スタンディングの時は、僕はひいきの選手に集中します。全部の車を見ていられないので。
その後、3周から4周はグランドスタンドから周回する様子を見ます。そして、レースが安定してきたら、スタンドから出ていって……。
トムススピリット鈴木さんの見方は?
――サーキットでやるレースは大きく分けるとふたつ。スプリントと言って、決められた距離を早く走るレース。F1、スーパーフォーミュラがそれですね。フォーミュラはフォーミュラカーのレース。タイヤがむき出しになったオープンホイールの車で、屋根がない。重量が軽いからF1などのスプリントレースで使います。
スプリントに対して、耐久(エンデュランス)と呼ばれるレースがあります。決められた時間内にどれだけ多く周回するかを競います。ル・マン24時間が有名ですね。国内で人気のスーパーGTも耐久レースです。このレースにはフォーミュラは使いません。屋根のあるプロトタイプカー、もしくは専用開発車、市販車をチューニングした車。長く走るための車ですから、フォーミュラカーに比べると装備は多くなります。
えーと、レースの楽しみ方ですよね。スタートやフィニッシュのメインストレートはスタンドで見た方がいいですよ。その時、ただ見るよりも、ひいきの車、選手を作っておくことですね。何でもいいんです。市販車をチューニングした車が走るレースだったら、自分が好きな車を応援すればいい。たとえば、自分が86(トヨタ)に乗っていたら、それを応援する。
ひいきの選手はプログラムに載っているなかから見つけるしかないんじゃないかな。格好いいとか、自分と年恰好が似ているとか。なんでもいいんです。だって、ひいきの選手がいると、それだけでレースを見る楽しみがぐっと増えるのですから。
「タイヤを温めるぐりぐり」
レーサー松井孝允選手のおすすめ
わたしは選手としては横山剣、そして、トムススピリットの松井孝允選手をひいきにすることに決めた。
どうしてかと言われたら、そのふたりしか知らないからだ。話したことのあるのが横山、松井なので、このふたりがひいき。
ひいきを決めるのはそれくらいのことでもいい。
- (トムススピリット所属のドライバーと筆者。左から坪井翔選手、松井孝允選手、中山雄一選手)
松井選手にあったのは2018年11月に岡山国際サーキットで行われたスーパー耐久レースの時だった。レースの後、彼にも「どこを見ればいいですか?」と訊ねた。
松井選手は断言した。
「ローリングラップのスタートですね」。
「ローリングラップの時のレースカーを見ていてください。溝のないスリックタイヤを履いているのですが、タイヤが温まっていないと路面に密着しない。だから、ラップのスタート時はどんなレーサーもハンドルを右、左に切って、車を振り、タイヤを発熱させてグリップ力を上げる。見ていると、どの車もぐりぐり振ってますよ。細かいテクニックですけれど、そういうのを知っていると、面白いんじゃないかな」
確かに、その後、耐久レースのラップを見ていたら、ぐりぐり車を振っていた。猛獣が走り出す前に荒ぶる気を発散しているような感じだった。
(続きは明日掲載します。)
著者
- 横山 剣(よこやま けん)
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1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年にはデビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』をリリースした。
- クレイジーケンバンド公式サイト
- http://www.crazykenband.com/
- 野地 秩嘉(のじ つねよし)
- 1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務、美術プロデューサーなどを経てノンフィクション作家。「キャンティ物語」「サービスの達人たち」「TOKYOオリンピック物語」「高倉健ラストインタヴューズ」「トヨタ物語」「トヨタ 現場の『オヤジ』たち」など著書多数
以上