クルマと愛とサウンドを語らせたら止まらない2人が、レースの楽しさを、実際のレースやレースをめぐる人たちなどを訪ねながら紡ぐオリジナル連載(#45)です。
曲の完成
―事務所の部屋でひとりでプリプロ作業をやっている時、曲によってどうしてもギターがほしいと思うことがあるんです。その場合は、のっさん、もしくは、ガーちゃんに来てもらって、デモテープ作ります。やっぱりギターの音がないとダメな曲があるんですね。
- 野地
- たとえば、「タイガー&ドラゴン」とか。
―いえ、「タイガー&ドラゴン」のデモ音源にギターは入っていませんでした。イントロの印象的なギター・ソロは現場でのっさんが突然思いついたフレーズだったんです。僕が疲れて寝てる間に神イントロが完成してました。
- 野地
- 一曲が完成したというのはどの段階を言うのですか?
―そうですね、譜面ができた後、メンバー全員があわせて弾いて、録音してOKが出る。するとオケが完成します。あとはそれにダビングしていくわけです。
ギター・ソロ、ホーンセクション、鍵盤のソロ、そうして、歌とコーラスを入れて、最後にパーカッションが加わります。そこで一曲の完成。
- 野地
- 歌手も楽団もみんな揃って「せーの」で録音しているわけじゃないんですね。
- 提供 : DOUBLE JOY RECORDS
―みんな揃って「せーの」でやった曲はほぼ皆無です。特に初期の初期は廣石さんがドラムスとパーカッション、小野瀬さんがギターと鍵盤を兼任していたので物理的に「せーの」が無理でした。殆どの曲はバラバラで録ってます。
今はドラム(別録りすることも多い)、ギター、ベースとキーボードの3~4人がスタジオでベーシックを作る。僕はスタジオのコントロールルームから見て、ジャッジメントしたりしなかったり。
- 野地
- 一曲たとえば長い曲でも、ミスがあると、最初から演奏をやり直すのですか。
―ミスがあっても全体がよければ、ミスの部分だけを切り取って差し替えるパンチインという方法があります。ミスの部分だけ演奏し直す場合もありますし、もしくは何テイクも録っていれば、いい部分を移植したり。
- 野地
- レースカーの整備で他車から「部品どり」するみたいな(笑)。
―(笑)
たいてい、3テイクくらいは録るんです。そこまでがフレッシュな感じがする。何テイクもやってよかったためしは例外を除いてあんまりないです。やればやるほど雰囲気が変わったり、出さなくていい色気が出てきちゃったりする。テイクは若いほうが、雑でも勢いがある。
- 野地
- 深い言葉ですね。たった一回で全部決めるほうがいいという。
―そうですね。美空ひばりさんはテイク1で決めたというし、和田アキ子さんもそうでした。テイク1はカッコいいです。そして、カッコいいだけじゃなくて、やっぱりなんか宿ってる感じがする。何テイクも宿ってくれないですよ。
- 野地
- 文章も直せば直すほど、リズムはなくなる。優等生な文章にはなるけれど、とんでもないものは出てこないですね。えーと、パーカッションを除く伴奏が決まったら、歌をうたうのですか。
―はい、歌は最後です。最初に仮歌というのを入れてあるんですけど、どういうわけか本歌が仮歌を超えない時もあるんで、その時は仮歌を採用しています。
仮歌は事務所のプリプロルームで歌ったものが多いんです。たとえば「タイガー&ドラゴン」はアッコさん(和田アキ子さん)の真似をして歌った仮歌だったんですけど、本番の時、自分の歌い方にしてみたら全然おもしろくなくて、それで仮歌の方にしたんです。まさかシングルにすると思ってなかったのですが、結果的には大ヒットしたという…。
レコーディングは判断業務
- 提供 : DOUBLE JOY RECORDS
- 野地
- レコーディングは時間がかかるのですか?
―そうですね。昔は徹夜して朝までやりましたけれど、徹夜すると判断を誤ることもあるので、今はわりと早めに終わるようにしてるんです。
若いうちは朝までやって、そのまま仕事に行くとかやってましたけれど、もう50代も後半戦ですから、無理はしません。
午後の1時、2時からスタートして、終わるのが午後の11時とか。午前様になることはもうないです。
遅くまでやると、初日はいいけれど、二日目がただ死んだだけの日になっちゃったり(笑)。ちゃんと寝てリズムを整えないと今はダメ。
- 提供 : DOUBLE JOY RECORDS
- 野地
- クレイジーケンバンドはCDに入る曲数が多いので、知られています。
―だいぶ減らしてるつもりなんですけど。前は24トラック、21トラックが標準でした。今度の『NOW』は18トラック。
- 野地
- それをどのくらいで録音するのですか?
―延べ1か月半ですか。録音は毎日じゃなくて、日程は散らして設定しています。録音自体はヘビーな仕事ではないけれど、ただ、声が出なくなると困る。それで気を遣います。あと、のっさんは、のっさんなりの指のトレーニングがあるみたいですね。手がつるとギターの演奏に支障をきたすからでしょうけど。
ライブ前の練習
楽曲ができ、録音が終わると1枚のCDになる。今度はそれをもとにしてライブ、全国ツアーになるわけだけれど、今年だけは様相が違った。コロナ禍によりオンライン・ライブとなったのである。
- 野地
- ライブ前のリハーサルはどのくらいやるのですか。
―通常はスタジオで何日か練習するわけですが、今回は密になるのがいけないので、新曲については0回しかやってません。「アイボリー」「ヨコスカ慕情」は全員で合わせたのはオンラインのライブ前だけでした。
通常はスタジオを借りてやります。4、5時間やる感じです。でも、今回はみんな自習(笑)してました。オンライン・ライブの時はだいぶできるようになっていましたから、新曲についてはずいぶん自習してきてくれたようです。
- 野地
- 昔の曲はもう練習しないのですか。
―昔の曲はみんな、頭に入ってます。譜面は見なくても演奏できます。
- 野地
- ライブでリクエストコーナーがありますが、できる曲とできない曲はどう判断するのですか?
―結成した頃は「人間ジュークボックスを目指そう」って、リクエストがきたらなんでもやることにしてました。
「できない曲でもやっちゃおうって(笑)」
- 野地
- 平浩二さんの「バス・ストップ」とか、「男の世界」(マンダムCM曲 歌唱 ジェリー・ウォレス)とか、聴いたことあります。
―今はメンバーが「無理」という曲は強引にやらないことにしています。だいたい(洞口)信也くんが言うんですね。「剣さん、ちょっと無理っすねぇ」って。確かにベースラインが違うと演奏にならないですからね。
曲を忘れちゃったとか、進行がややこしいので、記憶にない。でも古い曲はみんな覚えているんですよ。かえって、2年前くらいの曲を忘れている。演奏回数が少ないからでしょうね。
のっさんはすごいですよ。いきなり、「この曲やろう」と言ったとしても、なんとかするんですよ。たとえ違うフレーズを弾いて始めたとしても、それが曲として成立するように変えて弾いちゃう。ファンの人だったらフレーズが違うとわかるでしょうけれど、初めて聴いた人はそういうもんだと思って聴いているんじゃないかな。
ライブのためにやること
―武道館の前には都内のスタジオで5本ぐらい練習して、そのまま本番を迎えます。本番前日に会場を使うアーティストがいるので今回はゲネプロ(ドイツ語 ゲネラールプローベの略称。通し稽古)が出来ないのです。
- 野地
- ライブの選曲は横山さんですか?
―オンライン・ライブの時はほとんど僕でした。通常は小野瀬さん、ガーちゃんとか舞台監督とか。メンバーの意見も入れてやります。
- 野地
- 長いこと、横山さんの曲を聴いていると、曲の幅が広いでしょう。「日本のバート・バカラックだな」と感じました。
―ありがとうございます。光栄です。バート・バカラックを大尊敬しています。バカラックのサウンドって、いろんな人がやっているでしょう。カーペンターズ、ディオンヌ・ワーウィック、スティービー・ワンダー。どれも、個性的だし、お洒落だし。幅が広い。
- Getty Images “Photo of Stevie WONDER”
スティービー・ワンダーのハーモニカ曲「アルフィー」なんて最高ですね。ハーモニカだけで、すごいエモーショナルです、あれは。
- 野地
- では、最後に、音作りでいちばん楽しい部分ってどこですか?
―カーレース前の車作りと同じようなもので、仲間とやっていると化学変化みたいなのが起きるから楽しいんです。車もドライバーとスタッフが一緒になってテストランして整備していると、いろいろアイデアが出ます。
バンド活動も化学変化があるから楽しい。
一人でデモテープ作っていても、化学変化は起きないんですよ。メンバー、スタッフが一緒だと、ちょっとしたゆらぎとか、いい意味のズレがあって、これがまたなんともいえないエモーショナルな味わいになる。それが生まれるのが、バンドをやって楽しいと思う瞬間ですね。
横山さんが音楽でもレースでも、価値だと思っているのは「エモーショナル」だ。エモーショナルな曲を作り、演奏し、エモーショナルな走りでレースに出て、一等賞を獲りたいのだろう。
- ライトアップされた武道館(提供 : 朝日新聞社)
著者
- 横山 剣(よこやま けん)
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1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年にはデビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』をリリースした。
- クレイジーケンバンド公式サイト
- http://www.crazykenband.com/
- 野地 秩嘉(のじ つねよし)
- 1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務、美術プロデューサーなどを経てノンフィクション作家。「キャンティ物語」「サービスの達人たち」「TOKYOオリンピック物語」「高倉健ラストインタヴューズ」「トヨタ物語」「トヨタ 現場の『オヤジ』たち」など著書多数
以上