クルマと愛とサウンドを語らせたら止まらない2人が、レースの楽しさを、実際のレースやレースをめぐる人たちなどを訪ねながら紡ぐオリジナル連載(#24)です。

クラス入り乱れて「ぶち抜かれる」レース

スタートと少年

2019年のニュルブルクリンク24時間耐久レースは6月22日土曜日の午後3時30分がスタート時間だった。

全出走台数が158台と多いため、一度に「よーい、どん」というわけにはいかない。スタート時間前に各車が周回するローリングスタートで、かつ、クラス別に3グループに分かれて始まった。2番目、3番目のグループはいずれも最初のスタートから3分遅れで出走した。3つのグループに分けないと、入り乱れて接触事故が起こるからだろう。

レースに参加した車の約8割はポルシェ、メルセデス、BMW、アウディ、フォルクスワーゲンといったドイツ車である。日本はトヨタのGRスープラ、86。レクサスのLC、RC。日産はGT-R。スバルはWRX-STI。それぞれクラスが違う。

3分の時間差だと最初にスタートしたトップカテゴリーの車は1周と少しで第3グループの車に追いついてしまう。つまり、トップカテゴリーの車が1周したら、あとは各クラスの車が抜いたり抜かれたりという戦いになるのがニュルの24時間レースだ。

抜いたり抜かれたりのシーンが連続して起こるから、観客としては興奮する。だが、乗っているドライバーは気が気ではないだろう。ドライバーはニュルのコースを走ったことのあるものでなければ出走の許可は下りない。しかし、初参加のドライバーが目の前にいたら、挙動を確認しないと抜くに抜けないだろう。

遅い車は速い車が迫ってきたら、すぐにコースを譲らなければならない。譲る時はウインカーを出してから、コースの右もしくは左端に寄せる。抜く方も抜かれる方も減速はしたくないから、めいっぱいアクセルを踏みながらオーバーテイクしていく。クラスが同じ場合は2台が並走する時間が長く、クラスが違う場合はまさに「ぶち抜かれる」という感じでオーバーテイクされてしまう。

そういった抜きつ抜かれつが、コースのいたるところで起こっている。見ていて、飽きるということがない。

マンタイレーシング

スバルだ!日産だ!!トヨタだ!!!

出走車の大部分はドイツ車だから、通り過ぎていく集団のなかから、目を凝らして日本車を探すという感じになる。出走する前に日本車のカラーリングをちゃんと確認しておかなくてはならない。そして、スタート前に実物を見ておくことも重要だ。

「スマホで実車の写真を見ておけばいいんじゃないの」

そう思うかもしれないけれど、158台もあると、車のカラーリングは似通ったのが何台も出てくる。派手な色だから目立つわけではない。目立つという点だけで言えば、見慣れぬ配色の車は一瞬で覚える。わたしが周回中、忘れられなかったのはリタイアしてしまったアジア系チームの車だった。独特な配色は見つけやすいのである。そして、次に見つけるのが簡単だったのはスバルの車だった。

各地域スバルの記載車両

むろん、目立つのはカラーリングのせいだけではない。嫌でも覚えてしまうのはトップグループを走る速い車だ。速い車には存在感がある。直線で300キロ近く出る車とどれほど頑張っても250キロの車では存在感がまったく違う。

レースが終わった今でも印象に残っているのは大半をトップで走っていた、マンタイレーシングのポルシェ911だ。黄緑とグリーンの塗装で、熱帯に棲むカメレオンの体表のような色をしていた。特に目をひく配色で、悪役っぽい存在感なのだが、それでも速かった。2位でフィニッシュしたのだが、レース後の車検で馬力オーバーがわかり、失格になってしまった。それでも、私の頭のなかには影が残っている。カメレオンみたいな色なのに、飛びぬけて速かったポルシェ911の残影がくっきりとしている。

24時間レースの楽しみ方 その1「レースのはじまり」

わたしはグランドスタンドの上方の席に座って、スタートの瞬間を待ち構えていた。グランドスタンドは満席。いちばん上の席まで埋まり、立ち見の人たちは柵にもたれかかって見物していた。観客席の雰囲気は意外と、のんびりしたもので、歓声を上げたり、拍手をしたり、腕を振り回している人間はいない。24時間のレースだから、ドライバーだけでなく、観客も体力を温存しようと思うのだろう。

電光掲示板

フォーメーションラップが始まり、爆音が鳴り響いていたが、それでも熱狂状態にはならなかった。席でビールやエナジードリンクを飲んだり、スナック菓子をつまんでいる人も少なくなかったし、手元のスマホでレース中継に見入っている人は相当数、いた。

レースを見に行くようになってわかったのだけれど、スマホに映る中継映像を見ながら、目の前のレースを楽しむ人が少なくない。特に、ニュルのレースでは人が近くに寄っていけない森のなかにもコースが造られている。そうなると、レースの様子は車載カメラもしくはドローン映像などによる中継で見るしかない。スマホがなければ、スタンドにいるか、テレビのある所にいくかという、ふたつにひとつなのだが、今では目の前の車を見ながら、同時にレースの全体状況やラップタイム、スピンアウトの現場中継を視聴することができる。

そんなことを考えていた次の瞬間、スタートフラッグが振られた。

「大歓声で観客は総立ちのなか、各車、スタートを切った」と書きたいところだけれど、実際はスタンドの様子はまったく変化なし、であった。

スタートした後の第1グループの車は速かった。その後に第2、第3のグループのスタートがあるからわかったのだけれど、目の前を通り過ぎていく速さがぜんぜん違った。

疾走するWRX

ニュルのコースを2,000周以上も走っており、今年もまた86のドライバーとして出場したトヨタの凄腕技能養成部主査の矢吹久は「レースは素人がただ見ているだけなら高速道路の横にいるのと一緒」と言っていたけれど、確かにそうだ。ただし、高速道路を走っている一般の車は時速300キロ近くまで出すことはない。グランドスタンド前を走る車の速さは高速道路の道端とはけた違いだった。

「目の前を風のように通り過ぎた」という表現があるけれど、一陣の風よりもはるかに速いスピードだった。

24時間レースの楽しみ方 その2「風に吹かれながら」

第3グループがスタートした後、すぐにカメレオン体表色のポルシェ911が先頭になって第1グループが戻ってきた。あとはもう混戦である。1位、2位、3位くらいまではチェックできるけれど、素人のわたしにはそれ以外の車の順位はまったくわからなくなってしまった。

順位がわからないからといって、レースがつまらないわけではない。グランドスタンドから第1コーナーまでの短い直線距離でもオーバーテイクを見ることができる。それも車格が違う車の追い抜きだ。つまり、同じ排気量の車が同じようなスピードで抜きつ抜かれつではなく、車格が下の車が後ろから来たパワーのある車に簡単にぶち抜かれるというシーンである。

わたしはグランドスタンドで、ニュルの微風に吹かれながら、ぼーっと、ぶち抜かれる車を見ていた。

著者

横山 剣(よこやま けん)
1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年にはデビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』をリリースした。
クレイジーケンバンド公式サイト
http://www.crazykenband.com/
野地 秩嘉(のじ つねよし)
1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務、美術プロデューサーなどを経てノンフィクション作家。「キャンティ物語」「サービスの達人たち」「TOKYOオリンピック物語」「高倉健ラストインタヴューズ」「トヨタ物語」「トヨタ 現場の『オヤジ』たち」など著書多数
横山 剣・野地 秩嘉

以上

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