クルマと愛とサウンドを語らせたら止まらない2人が、レースの楽しさを、実際のレースやレースをめぐる人たちなどを訪ねながら紡ぐオリジナル連載(#25)です。

続・24時間レースの楽しみ方

グランドスタンドでスタートを見た後、コース脇のホテルコングレスに戻り、ロビーに置いてあった大型画面のモニターで観戦した。ホテル内にはコースから聞こえてくるエンジン音が響き渡る。ロビーでレースの実況中継を眺めていたのはわたしだけでなく、関係者やモータージャーナリストが10数人、一緒だった。

ホテルのロビーもレース仕様
ホテルのロビーもレース仕様

モニターに目をやったら、ナンバー55のフェラーリ488が映っていた。コースから外れ、ポストの係員がいるガードレールにぶつかったらしい。そして、止まったとたんに車の後部から火が出た。しかし、テレビを見ていた関係者がざわめくことはない。黙って画面を見つめている。

「えっ、ドライバーはどうしたの?なかにいるんじゃない?」

気が気ではなかったが、そこにいたレース専門家たちはまったく動じない。ただただ、炎上シーンをじっと眺めていた。

ドライバーは車からなかなか出てこない。わたしはやきもきする。画面ではポストの係員があわてて消火器を持って、車の近くにやってくる。それでもドライバーはまだ出てこない。車の後部は燃えている。運転席にも火が移りそうだ。

しかし、消火器を持った係員は車には近寄ろうともせず、消火もしない。やっと、ドアが開いて、ドライバーが出てきたので、係員が近寄って抱きとめるのかと思ったら、それもなかった。ドライバーは悠然と係員のところまで歩いていき、消火器を受け取ると、車に向けて噴射。落ち着いた動作で車の火を消し止めた。

その直後、ドライバーはヘルメットを脱いで、消火器を持ってきた係員となごやかに話し始めたのである…。

Getty Images “24h race at the Nürburgring”
Getty Images “24h race at the Nürburgring”

「どうして、係員が消火しないのか?」

ロビーにいた日本人モータージャーナリストに訊ねたら、「防火服を着ていないからですよ」と教えてくれた。

「ドライバーは炎上している車に近寄れるけれど、普通なら、気化しているガソリンに近づいたら、服がたちまち燃え上ってしまうんです」

その後も大型画面のテレビを見ていたら、コースアウトや接触事故のシーンばかりが映るようになった。100番のBMW M6がスピンしてコースアウトした。事故で60キロ制限になった個所でも接触事故が起こった。グランドスタンドの直線が終わった第1コーナーからS字カープのところでもスピンしてコースアウトする車が続出。止まってしまう車もあれば、素早く体勢を立て直し、エスケープゾーンから脱出する車もあった。

「第1コーナーは見どころだ」

タイヤ

事故多発のシーンを見ていて、次はスピンが多い第1コーナーで観戦しようと決めた。

出走する台数が多いこと、元々が草レースだったこともあり、参加するドライバーの腕前にも幅があるから事故が起こるのだろうか。

スバルチームの総監督、カリスマと呼ばれる辰己英治とサーキットのテントで話していた時、嘆息していた。

「僕は成瀬さんたちのちょうど一年あとからニュルに参戦しているけど、あの頃も今もまだまだ日本のメーカーはもっと勉強しなきゃダメだよ。成瀬さんはつくづく言ってた。日本のメーカーは普通の車はうまくつくるけど、速い車づくりは下手だよ。

トップカテゴリーのクラスだと勝てない。

でも、ドイツ車がすべて優ってるかというと、そうでもない。ドライバーだって、ストレートでスピンしていた車があったでしょう。

あんなことありえないです。まあ、ああいうドライバーもでてくるのがニュルのレースなんですよ」

要するに、辰己はこう言いたいのだなと思った。

SUBARU 辰己英治

「結局、下手なドライバーも走る草レースだけれど、それでもニュルは必要なんだ。なぜなら、ここに来ればクルマも人もきたえられるからだ」

それが辰己の考えだ。また辰己と親しかったトヨタの成瀬弘の考えでもある。

辰己は「オレたちはまだやることがたくさんある」と言っていた。

彼が話していた時、スバルは快調に飛ばしていて、クラスのトップを走っていた。それでも、余裕がある表情ではなかった。

「ここで走っていてトップにたっても、他のクルマにぶつけられて炎上して、おしまいなんてことがあるんです。実際にうちもあったから。

完走するにはニュルでクルマを鍛える前にまず日本でとことん走って、高速での安定性と低速での余裕のあるクルマを作らなきゃいけないんですよ。

成瀬さんは一緒にメシ食ってるとそんな話ばっかりで、『なあ、辰己、本当にいい車を作るのは簡単なことじゃないんだ。オレたちの代だけじゃ終わらない。その後の代でも終わらない』って。

日本でクルマを鍛えるけど、日本の基準で鍛えてもダメです。

最後はここで走って、ドライバーもクルマもいじめなきゃ。僕らももっともっと苦労しなきゃ、車はよくならないんですよ」

スバルWRX

辰己はニュルにはさまざまなレベルの車とドライバーが一緒に走っていると言った。

「日本の交通環境に合わせた、『よくできた車』じゃ勝てない」

そう言っていた。先月、行われたラグビーワールドカップのスコットランド戦の前、主将のリーチマイケルはこう言っていた。

「僕らに優しい気持ちは必要ない。ティア1に勝つには鬼にならなきゃならない」

辰己も成瀬もニュルで勝つには鬼になると決めていたのだろう。ニュルのレースは鬼たちが集まるレースでもある。

著者

横山 剣(よこやま けん)
1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年にはデビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』をリリースした。
クレイジーケンバンド公式サイト
http://www.crazykenband.com/
野地 秩嘉(のじ つねよし)
1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務、美術プロデューサーなどを経てノンフィクション作家。「キャンティ物語」「サービスの達人たち」「TOKYOオリンピック物語」「高倉健ラストインタヴューズ」「トヨタ物語」「トヨタ 現場の『オヤジ』たち」など著書多数
横山 剣・野地 秩嘉

以上

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