クルマと愛とサウンドを語らせたら止まらない2人が、レースの楽しさを、実際のレースやレースをめぐる人たちなどを訪ねながら紡ぐオリジナル連載(#32)です。

北欧出身ドライバーとラリー

トヨタのGAZOO racingに所属する市川正明さんによるラリー解説の続きである。

WRCラリー・フィンランド
WRCラリー・フィンランド

サーキットのレースの場合、ドライバーの出身地は中欧、南欧、南米、北米といった国が多いのではないか。

有名なドライバーとなるとイギリス、イタリア、ドイツ、ブラジル、アメリカ…。それがラリーになると、有名ドライバーはおしなべて北欧出身になってしまう。フィンランド、スウェーデン、そして、リトアニア、ラトビア。北欧とバルト三国である。

かねがね疑問に思っていたので、余計なこととは思いながら、市川さんに「どうして?」と訊ねてみた。

市川さんは「ふむ」と呟く。

「おそらく、おそらくですけれど、北欧の人たち、免許(EUでは二輪16歳、四輪18歳が一般的)を取ってすぐに雪道の運転をしているんです。

ラリーは公道でやる競技です。フィンランドの道って舗装している道はまだ4割くらいしかなくて(注 ほんとは65パーセント)、あとは砂利道(これは正しい)なんですよ。僕らが幹線道路を1本入った砂利道を慎重に走っていると、地元の人は60キロから90キロくらいまで出している。僕らにはあんなスピードで走ることはできません。アクセルをちょっとでも踏んで、加速しようとしたら、たちまち尻を振ってしまう。彼らはそんな道で普段から生活してましたし、乗ってましたからそもそも運転技術が違うんです」

WRCラリー・フィンランド
WRCラリー・フィンランド
WRCラリー・スウェーデン
WRCラリー・スウェーデン

フィンランドで行われるラリー・フィンランドは、かつて「1000湖ラリー」と呼ばれていた。1000もの湖があるような地形を走り抜けるラリーで、気温が低下している季節の開催であれば、氷の上、雪の上を走ることになる。

また、WRCのラリー・スウェーデンは冬季の開催だ。これまた氷上、雪上のラリーとなる。

北欧の選手は特に雪道に強い。そのため、ラリーではいい成績を上げるのだろう。

WRCラリー・スウェーデン
WRCラリー・スウェーデン

舗装路、未舗装路、雪道、そしてタイヤ

雪道の話になったついで、ラリーにおける3つの路面状況について、説明してもらった。

WRCラリー・メキシコ(出展 : SUBARU-STI PHOTO LIBRARY)
WRCラリー・メキシコ(出展 : SUBARU-STI PHOTO LIBRARY)

市川さんは言った。

「前にも言いましたが、舗装路、未舗装路、雪道の3種ですが、単に舗装路と言っても会場によって千差万別です。

たとえば有名なラリー・モンテカルロですと、舗装路が中心になるんですが、開催がたいてい1月の終わりなので、路面が雪と氷に覆われていることが多い。

モンテカルロの次に開かれるラリー・スウェーデンは完全に雪道のラリー。そして、スウェーデンの次に開かれるラリー・メキシコはグラベル。グラベルっていうのは未舗装路で要は砂利道です。

また、未舗装路と言っても国、地域によって、路面は違います。硬い岩盤の上に砂地があるような未舗装路もあれば、ただの砂利道もある。あるいは粘土質の土だけのところだってあります。地域によって本当に違ってくるのです。

結局はタイヤを使い分けなくてはならない。舗装路でも舗装が行き届いている道と、穴ぼこだらけの舗装路があるから、1種類のタイヤでは無理です。

WRCラリー・メキシコ(出展 : SUBARU-STI PHOTO LIBRARY)
WRCラリー・メキシコ(出展 : SUBARU-STI PHOTO LIBRARY)
WRCラリー・ドイツ
WRCラリー・ドイツ

ドイツの場合、アウトバーンは立派ですが、そうじゃない道もあります。

たとえばモーゼル川沿いの葡萄畑のなかを走るつづらおりの舗装路。道のすぐ脇は葡萄畑ですから、当然、土があります。雨が降ると畑から泥が流れてきて道はどろどろになってしまう。泥が乾くとアスファルトの上に土埃がのっかるという難しさが出てくる。そうした状況を考えて、タイヤを付け替えて戦うわけです。

WRCラリー・ドイツ
WRCラリー・ドイツ
スパイクタイヤ

ラリー・スウェーデンではスパイクタイヤを使います。タイヤ1本あたり384本の鋲が埋まっている。それもすべて手で埋めてるというのだから…。だって、ラリーでは車1台あたり40本から50本のスパイクタイヤを使うんですよ。それだけのタイヤに手作業で鋲を埋めるんです。もう、ミシュランの方たちには本当に頭が下がります。ラリーはタイヤメーカーにとっても戦いですね」

氷の上のラリーであっても平均時速は120キロだ。最高速度は200キロを超える。

こういう話を聞くと、めちゃくちゃ寒いだろうけれど、雪上、氷上のラリーを一度は見たくなってしまう。

スパイクタイヤ

ラリーの楽しみ方

WRCラリー・トルコ
WRCラリー・トルコ

市川さんのおかげで、ラリーについての基礎知識は完全と言えるほど、理解できた。足りないところもあるだろうけれど、選手として出場するわけではない。見て楽しむための知識だから、これくらいでいい。あとは、見に行く客として楽しむポイントや、どこを見ればいいかを吸収して、そうして、現地に行けばいい。

WRCラリー・トルコ
WRCラリー・トルコ

「結局のところ、素人はどうやってラリーを楽しめばいいんですか、市川さん」

「そうですね」

腕を組んで、ちょっと勿体を付けた後、彼は話し始めた。

「やっぱりサービスパークに来ていただくのがいちばん。どんなラリーでもサービスパークはあります。必ずそこに戻ってきて、車を整備して送り出すところです。食べ物も屋台も出ていますし、車を身近に見ることができます」

「サービスパークは一か所ですか」

「はい、一か所だけです。サーキットで言えばピットみたいなところで、人が集まって、売店も出ています。ドライバーとも触れ合う時間もあるでしょう。

お祭り会場みたいなもので、熱心なファンは前日の朝もしくは夕方に来て、コースの脇でキャンプしてますよ。野地さんも行ったニュルブルクリンクと同じで、キャンプしている人はとにかく飲んじゃう。酔っ払って、ラリーをまったく見てない人だっています」(市川)

「レースって、ナスカーもそうでしたけれど、みんなビール飲むんですね。ラグビーかレースかというくらい、ビールを飲む」(野地)

「はい。日本の人は自分で車を運転してきて、しかも日帰りが多いからか、飲んでいる人は少ない。でも、海外のラリーは泊まってキャンプする人がほとんど。朝、行ったらすぐに飲み始めて、昼ご飯を食べながらもまた飲む。飲むと、昼下がりに眠くなるでしょう。そして、昼下がりにはフリー走行が始まってエンジン音が響く。それがまたいいんです。

車好きにとってはエンジン音を聞きながらの昼寝ってめちゃくちゃ気持ちいい。特にスタンドが芝生だったりすると、寝っ転がってガーッと眠れます。たまに練習走行を眺める人もいるけれど、熟睡してる人も少なくないです」(市川)

「一日中、車の後を追いかけなくともラリーという雰囲気を楽しめばいいわけですね」(野地)

「楽しみ方は人さまざまですから。ずーっと見ている人もいれば、写真を撮ってる人もいる。寝ながら音を聞いて楽しむ人もいる。この動画見てください」

そう言って市川さんはタブレットに動画を流した。

サービスパーク

動画は芝生のグラウンドに大勢の人がいて、大音響の音楽を鳴らし、踊りながらなおかつビールを飲みまくるというマルチタスクなエンジョイ風景である。

野外フェスの会場かとばかり思ったら、ラリーのサービスパークだった。

「これドイツのラリーです。朝からみんなビールを飲んでる。そう、まさに野外フェスですよ。自分たちでテントを張って楽しんで、ステージの音楽を聴く代わりに車が走ってきたら見に行く」(市川)

「要するに富士ロックみたいなもんですね。サービスパークではフェスだと思って、楽しめばいい、と」(野地)

「そうそう、富士ロックです。あるいは郡上踊りとか、阿波踊りとかも近いです。集団でトランス状態になって、酔いしれるという楽しみ方ですから」(市川)

サービスパーク

コース設定が勝負

コースの楽しみ方はわかった。なるべく大勢で、前泊して出かけていくのがいいのだろう。そして、野外フェスへ出かけていくのと同じ準備をしていく。

では、コース以外ではどう楽しめばいいのか。

SSと呼ばれる、車がかっ飛んでいくルートの見どころはどこになるのだろうか。そこではどうやって楽しむのか。

市川さんはまた動画を見せながら、説明してくれた。

「SSは基本的には道路を封鎖した区間なので、山の中を歩いて見に行かなくてはならない。また、勝手にSSのコース近くに座っていたら、車が外れて、轢かれることだってあるかもしれない。SSは主催者が『ここがいいですよ』と勧める場所で、しかも、バスで運んでくれるところを見に行くのがおすすめです」(市川)

海外のラリーの見方

わたしはひとつ追加で質問した。

「海外のラリー、たとえばWRCのSS区間を見る場合はどうやって楽しめばいいのですか?」

市川さんの長い答えである。

―WRCでは1台1台の走り方を見る人が多い。ラリーってタイムトライアルです。SSだと、だいたい、3分ごとに車が観客の目の前を通過していきます。サーキットと違って追い抜きを見るという楽しみは基本的にはありません。

ドライバー、コドラが車と一緒にコースと闘っている姿を見るわけです。

走り方はみんな違います。ですから、1台1台の走り方を比較して、さっきの人はこういう曲がり方して、ロスタイムしたな、とかを細かく見ていく。

ラリーの場合、カーブはドリフト走行で抜けていくのですが、よく見ると、抜け方のドライビングスタイルには北欧式と南欧式があるんです。

北欧式は昔ながらの、僕らが想像するラリードライバーの走り方です。えいやっと車の向きを変えて、ザーッと滑っていく。見ていて楽しいけれど、車にはめちゃくちゃ負担がかかる。南欧式は丁寧にブレーキを踏んで、車の向きを変えてからダーッと立ち上がっていく。

カーブの抜け方の違いは見どころです。そして、ドライバーによって乗り方が違うし、性格が出ます。

アクセル踏んでいても前に進まない人、スライドし続けちゃう人とか、いろいろあるんですね。そうして、コーナーのひとつひとつではたとえロスしたとしても、100分の1秒くらいしか変わりません。けれども長い距離を走ると、ずいぶんとタイムは変わってしまう。いや、ほんとに面白いですよ、ラリーは。

市川さんの話を要約すれば、ラリーのSSで楽しむべきカーブが見えるところ。直線距離よりもカーブを見る。特にカーブの抜け方を見る。ドライバーが北欧式か南欧式なのかまでを目を皿のようにして、見るべし、ということなのだろう。

(続きは明日掲載します。)

著者

横山 剣(よこやま けん)
1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年にはデビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』をリリースした。
クレイジーケンバンド公式サイト
http://www.crazykenband.com/
野地 秩嘉(のじ つねよし)
1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務、美術プロデューサーなどを経てノンフィクション作家。「キャンティ物語」「サービスの達人たち」「TOKYOオリンピック物語」「高倉健ラストインタヴューズ」「トヨタ物語」「トヨタ 現場の『オヤジ』たち」など著書多数
横山 剣・野地 秩嘉

以上

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