クルマと愛とサウンドを語らせたら止まらない2人が、レースの楽しさを、実際のレースやレースをめぐる人たちなどを訪ねながら紡ぐオリジナル連載(#36)です。
たくさんの映画を見た自粛の日々
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ひたすらクルマを運転する様子を撮影したYouTube動画配信も
提供 : DOUBLE JOY RECORDS
新型コロナウイルスの蔓延でミュージシャンの生活はがらりと変わった。三密を防ぐため、音楽のライブ出演を自粛せざるを得ないからだ。そして、サーキットやラリーに出るレーサーだって、ミュージシャンと同じようにコースで車を運転することができなくなった。ミュージシャンであり、アマチュアレーサーでもある横山剣はリアルな現場に行くことができなくなったのである。
そこで、ミュージシャン横山剣はCKBとしてインターネットライブを行った。YouTubeに動画も流した。カーレーサー横山剣はレースの映画、動画を見て、ドライブテクニックを学んだ。
自粛生活のなかでも、くふうして楽しんでいたのである。
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ひたすらクルマを運転する様子を撮影したYouTube動画配信も
提供 : DOUBLE JOY RECORDS
そして、彼は「発見がありました」と言った。
CKBが行った生配信ライブではシンガポールから参加した観客がいた。リアルなライブにはなかなか来られない人たちにとって、インターネットライブは待望のイベントだったのである。
横山剣の話。
―デモ音源作りもレコーディングもミックスも、元々がインドアの作業でしたから、苦痛というほどではなかったです。こんなに家族と一緒に過ごしたこともなかったし、運動不足な上にご飯ばっかり食べて、お腹がプーさんみたいにぷっくりですよ。
個人的にはこれほど映画を見た時期はないというくらい、毎日、映画を見てました。夜中にひとりでコーヒーを飲みながらDVDを見る。それも同じ映画を何度も見たりして。車の映画、多かったですよ。
『慕情』(1955年)『男と女』(1966年)『グランプリ』(1966年)『フォードvsフェラーリ』(2019年)…。どれも何回も見ているんですけれど…。
自粛とはいえ、限りがあるなかで、くふうして楽しんでる人もいると思うのですが、僕自身もいろいろ考えて楽しもうと思いました。そりゃ、現実を考えたら、やってられないことだらけですけれど、楽しくするのもしないのも自分次第ですからね。
YouTubeをやったり、曲はたくさん浮かぶし。決して悪いことばかりじゃない。
映画で言うと、『慕情』を3回見たんです。エキゾチックな香港の女医さん役がジェニファー・ジョーンズで、主人公の新聞記者がウィリアム・ホールデン。映画を見たことがない人でも、マット・モンローが歌った主題歌「Love Is a Many-Splendored Thing」はどこかで聴いたことがあるんじゃないでしょうか。
この映画の影響で、「横須賀慕情」って曲が出来ました。今度のアルバムに入れたいなと思ってます。横須賀の病院に入院している患者が美しい女医さんと恋に落ちる。女医さんを好きになっちゃったんだけれど、病気が治ったから退院しなくちゃならない。ほんとはもっと入院していたかった、しかし、彼女には婚約者が…という曲。「横須賀慕情」を主題歌にした映画を是非とも作って欲しいですね。
車の映画たち
- 提供 : DOUBLE JOY RECORDS
たとえば『男と女』なんてもう何十回も見ているんです。それでもまた見ました。ダバダバダのスキャットで知られる映画で、アヌーク・エーメとジャン・ルイ・トランティニヤンが主演。主人公のトランティニヤンはレーサーなんです。彼が乗ったフォード・ムスタングがドーヴィルやモナコの絶景を走り回るだけで、もうエクスタシーに達することができます。シビれる映画です。
初めて見たのは小学生の時、昼間のテレビでした。その後も見ているんですけれど、ムスタングのところばっかり見ていたから、肝心のストーリーはよくわからなかったりして…。今回、ようやくこれは理由ありな男と女の愛の物語だと確信することができました。
ムスタングが好きで以前、65年型ムスタングを買ったことがあります。それに乗って、第三京浜を走っていた時、「GT」という曲が頭に浮かびました。歌詞に出てくる「血の色のGT」は僕が買った赤いムスタングのこと。
- 提供 : DOUBLE JOY RECORDS
『男と女』は主題歌のスキャットが印象的で、僕自身、野宮真貴さんとカバーしてデュエットしたことあります。
スキャットはなぜかracyな気がする。新曲「Ivory ep」もスキャットから浮かんだ曲。これはサーキット周辺で聴くと、ぐっとくる曲だと思います。あとで、サーキット、ラリーで聴くCKBの10曲を発表しますけれど、そこにも入れたい。
デビット・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』(2001年)、スパイク・リー監督の『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989年)と『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』(1986年)。これは車の映画ではないけれど、自粛中に見てました。
思えば自粛で映画を見ているのは飛行機の機内で映画を見るのと、どこか似ている感じがしましたね。どこへも行けないから、集中出来る。だから、末端まで染み込んで来る感じです。
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『栄光のル・マン』
Blu-ray 2,838円+税/DVD 1,429円+税
発売元 : NBCユニバーサル・エンターテイメント
2020年7月現在
車の映画の話に戻りますけれど、ナンバーワンは、やっぱり『グラン・プリ』。この映画は30回ぐらいは見てます。
主演はジェームズ・ガーナー。ジェームズ・ガーナーは『大脱走』(1963年)ではスティーブ・マックイーンと共演してます。マックイーンは『ブリット』(1968年)『栄光のル・マン』(1971年)に出てますけれど、車が好きな俳優さんです。
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『栄光のル・マン』
Blu-ray 2,838円+税/DVD 1,429円+税
発売元 : NBCユニバーサル・エンターテイメント
2020年7月現在
『グラン・プリ』では何がいいって言えば、F1マシンはもちろんですけれど、『世界のミフネ』です。もう、三船敏郎さんの存在感が抜群で、世界のスターにひけを取らない。
ホンダは当時、F1に参戦していたんです。それで、本田宗一郎さんをモデルにした「ヤムラ」チームのオーナー役として三船敏郎さんが出てきて、ジェームズ・ガーナーをドライバーとして雇う。世界のミフネが工場で、ジェームズ・ガーナーにマシンの説明をする場面とか、忘れられないです。ホンダとミフネですから、日本人として誇らしい気持ちになる。
この場面は、昔の日本人が空手チョップで外国人レスラーを倒しまくる力道山を見て興奮したのと同じような気分です。
- 『グラン・プリ』
Blu-ray 2,381円+税
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
© 1966 Tuner Entertainment Co. and Joel Productions, Inc. All rights reserved.
一方、イブ・モンタンはフランス人レーサーで、大人の魅力で女子といろいろあるんです。渋い大人のレーサーですね。フランス人なんだけれど、でも、フェラーリに乗っている。
イブ・モンタンはシンガーという印象の人でしたけれど、『グラン・プリ』を見ていると、レーサーの顔をしています。racyな役者です。
(確かに、ジェームズ・ガーナーより、イブ・モンタンの方がサーキットに似合う雰囲気ですね)
―でしょう。
(今のレーサーでも個性的な、死を恐れないような顔つきの人はいるのですか?)
―どうでしょう。アラン・プロストとかアイルトン・セナの時代までは映画になるようなレーサーが多くいました。顔つきや空気感がありました。
最近ではグロージャン(ロマン・グロージャン)というフランス人レーサーの顔つきがドラマチック。かつては他車を巻き込んでクラッシュし、問題視されていたグロージャンですが、ある時期を境に非常にステディな走りをするドライバーに変わりました。ひと昔前のドライバーで言うとチェザリス(アンドレア・デ・チェザリス)にも通じるタイプですね。
かつて古舘伊知郎さんが、チェザリスに「サーキットの通り魔」っていうあだ名をつけていたくらい。しかし、グロージャン同様、ジェントルな走りをするドライバーに変わっていきました。
映画だけでなく、古いレースのクラッシュシーンを見たりしてます。不謹慎と言われれば不謹慎なんですけれど、どうしても怖いもの見たさで見たくなる。自分ではクラッシュなんかしたくないですけどね。
他にもモータースポーツの動画では、それこそeレースだったり、黒沢元治さんや土屋圭市さんのレースの走り方教室も見てました。自粛中は映画と動画の日々でした。
フォードvsフェラーリ
DVD化になった「フォードvsフェラーリ」。映画館で4回見たんですが、自粛中はそれこそ何回見たかわからないくらいヘビーローテーションでした。1966年のル・マン24時間レースの話で、フォード・GT40が王者フェラーリを破る実話。主演はマット・デイモンとクリスチャン・ベールで、デイモンが車を開発したキャロル・シェルビーで、クリスチャン・ベールがイギリス人レーサーのケン・マイルズ。ケン・マイルズ、いい味出してます。
- 『フォードvsフェラーリ』
デジタル配信中
Blu-ray+DVDセット発売中
© 2020 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
発売 : ウォルト・ディズニー・ジャパン
2020年7月現在
普通、フェラーリは善玉なんですけれど、ここでは悪役で、フォードGT40が、いい役なんです。いろいろ忘れられないシーンがあって、車の開発のためにレーシングカーのボディ全体に糸をつけて走らせて、風洞実験の代わりにするとか。キャロル・シェルビーの開発チームはほんとにやっていたらしい。
見どころはさっきも言いましたが、イギリス人レーサーのケン・マイルズが人に媚びない感じなのに、段々、心を開いていくところかな。マット・デイモンはキャロル・シェルビーのパンクな感じをよく表してました。あと、なんといっても、車です。1966年のル・マンに出たレーシングカーが、あれ、どうやって再現したんですかね。車は本物ですからね。あれだけの車がよく集まったなと。車と車がぶつかって壊すところは上手く技術で処理したのかなあ。だって、ほんとに壊したらクラシックカーのマニアから怒られちゃう。
たとえば、昔の東映の映画だと、走っている時は高価なロード・バイクなのに、クラッシュ・シーンになると、全然違う種類のオフロード・バイクに入れ替わってるのがわかっちゃう。そういう雑さ、大らかさも当時ならではの魅力ですけれど。
この映画がすごいのは古い車なのにどれも元気よく走っていて。手入れもいいんでしょうね。現行車でなくて、1960年代の旧車を見ているだけで飽きないです。
(続きは明日掲載します。)
著者
- 横山 剣(よこやま けん)
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1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年にはデビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』をリリースした。
- クレイジーケンバンド公式サイト
- http://www.crazykenband.com/
- 野地 秩嘉(のじ つねよし)
- 1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務、美術プロデューサーなどを経てノンフィクション作家。「キャンティ物語」「サービスの達人たち」「TOKYOオリンピック物語」「高倉健ラストインタヴューズ」「トヨタ物語」「トヨタ 現場の『オヤジ』たち」など著書多数
以上