クルマと愛とサウンドを語らせたら止まらない2人が、レースの楽しさを、実際のレースやレースをめぐる人たちなどを訪ねながら紡ぐオリジナル連載(#42)です。

おじさんレーサー入門

音楽家兼カーレーサーの横山正佳(レーサー名。剣は音楽家)は2020年の春先から新型コロナ禍で自宅にいる日々が増えた。だが、7月5日には、おじさんレーサーとして筑波サーキットに出走。続いて10月18日には同サーキットで行われる2020筑波ミーティングエンデュランス、いわゆる旧車のレースの2部門に出る。

音楽活動も再開している。ライブ活動はオンラインで2度、行った。10月21日にはニューアルバム「NOW」を発売。同月30日には新しくなった日本武道館で万全の感染対策を備えて、15年ぶりの公演を行う。

NOW
提供 : DOUBE JOY RECORDS

レース、音楽ともに新型コロナウイルスをぶっ飛ばして、放り投げて、締め上げる勢いだ。まことに充実した日々を送っているのが横山選手である。

彼は「バンドの活動とレースは似てます」と言い切った。

「音楽は作詞・作編曲してから演奏して、CDを作り、ライブをやる。ひとりではできません。レースに出るのも車を用意してから調整をして、テスト走行して、メカニックさんたちと一緒に車をいじって、レースに出る。これもひとりでは絶対にできません。レーサーはバンドで言えばボーカリストみたいなもんです」

傍から見ていると、バンドとレースはまったく違う活動のように思えるが、本人の気持ちとしては、それほど違うわけではないと感じているのだろう。だから、両方とも大好きなのだ。

今月と来月の「カーレース入門」は読者がおじさんレーサー、あるいはおじさん音楽家を目指す場合、とても役に立つ、現役おじさんレーサー兼音楽家からのアドバイスである。

車をレースカーに仕立てるまで

まず、レーサーになるには、おじさんであろうとなかろうと、ライセンスを取得しなくてはならない。

日本自動車連盟(JAF)のホームページにはこうある。

「国内のレース競技に参加するためには国内Aライセンスが必要です。国内Aライセンスは、国内Bライセンスを取得した後に競技会出場やサーキット走行等の条件を充たし、Aライセンス講習会に合格すれば取得することができます。レース競技では競技会のレベルに対応して、それ以上のライセンス(国際C、国際B)を求められるものもあります。まずは初心者を対象とした競技会に出場することになります」

横山選手の場合は自動車競技の国内A級ライセンスを18歳で取得(期限切れにつき56歳で再取得)している。クラブ主催でA級ライセンスがなくても出場出来るレースもあるが、JAF戦等の公認レースに出場するには最低限必要な資格である。

筑波のテスト走行で、メカニックのクレイジー・アラカワ氏に車両状況を説明
筑波のテスト走行で、メカニックのクレイジー・アラカワ氏に車両状況を説明
提供 : DOUBLE JOY RECORDS

では彼が主に活躍の舞台としているJAF公認の旧車レースに出るには、普通のおじさんはどんなことから手をつければいいのか。

横山選手の話。

―ライセンスが取得できたら、次は車を手に入れなきゃなりません。他人がレースに使っていた車を受け継ぐのが一般的ですが、いい車はなかなか売ってもらえない。売ってもらったにせよ、すごく高かったりする。当たり前ですよね。

ですから、僕は買うことにしました。以前はBMWの2002tiiでしたけれど、昨年の7月に黒のブルーバードKP510(1800cc 1970)をドンガラで買いました。

ブルーバード510にしたのは「'60年代米国トランザム・レースでの活躍や、映画『栄光への5000キロ』が好きだった」のが最大の理由。それに他車と比較して部品の入手にあまり困らないから。レースに出ると部品を消耗します。取り換え用の部品が必要になりますから、そういう部分も大きいです。510のエキスパートであり、ショップ泣かせのプライベーターであるクレイジー・アラカワ氏から手に入れました。

筑波のテスト走行で、メカニックのクレイジー・アラカワ氏に車両状況を説明
筑波のテスト走行で、メカニックのクレイジー・アラカワ氏に車両状況を説明
提供 : DOUBLE JOY RECORDS

―レースに出るにはレギュレーションの範囲内で改造というか強化します。たとえばミッションをブルーバードでなく、スカイラインのものを載せたり…。排気量もレギュレーションで許されている範囲でボアアップできる時はやります。ボアアップとはエンジンのシリンダーボア(内径)を大きくして排気量を増やすこと。パワーを増すためにやるのですけれど、シリンダーの強度が落ちることもあります。

馬力をアップさせる強化は他にもありますが、すべてはレギュレーションで許されている範囲でないとレースに出られなくなってしまいます。レース前に車検があるから、見る人が見ればわかるんですよ。

旧車ですから、部品にはみんな苦労していますよ。ストックしてあるのを探したり、部品取り車から調達したり、あと、金型から作ってくれるショップもありますが安くはありません。そりゃそうですよ。また、代用がきく汎用部品で合わせることもあります。

僕のブルーバードのミッションは他の車種からコンバートし、クロス・ミッションに改造したものです。各部品はオリジナルじゃないといけないのと、新品でもOKのものもある。部品同士のマッチングもあるし、ほんと、メカニックさんたちのおかげです。

そのままでもサーキットを走れるクルマもある

―ポルシェのGT3、86とかGRヤリスみたいに市販車のままでもレースに出られる車もありますよね。ただ、レースの種類によって、ラジアル、Sタイヤ、スリック等、使用可能なタイヤも変わって来ます。ちなみにSというのは「セミレーシングタイヤ」、「セミスリックタイヤ」のSです。溝のないスリックタイヤに近い性能を持っています。ちなみに今回、僕が出るクラスはSタイヤはOKですが、スリックタイヤは使用禁止。フルチューンのFクラスならOKです。

Sタイヤは一般のタイヤより溝が少なく、グリップ力が高い。けれども、あまりグリップしすぎると車体にやさしくないんです。特に僕が出る旧車レースはあまりグリップすると各部に余計なストレスを与えてしまう。古典的なバイアス・タイアでコーナーを軽くドリフトしながら曲がるくらいが車にはやさしかったりする。

旧車は文化遺産でもありますから、スピードを求めながら、かつ、車を壊さないというところもポイントです。あと、競技である以上、フェアであること。

レースは共同作業

車を購入して、適度にパワーアップして、それですぐにレースに出られるかと言えばそうではない。メカニックが必要だ。バンドとしてライブに出るのにボーカルひとりでは舞台に上がることはできない。ギター、ベース、鍵盤、ドラムス、パーカッション、ホーンセクション、コーラス(CKBの場合)、音響エンジニアが必要なのと同じである。

―メカニックさんはどうしても必要です。今、僕にはチーフメカニック兼足回り担当、エンジン担当、電気担当と3人にお世話になってます。ほかに補器類が得意な人もいます。

  • メカニックさんたちと
    メカニックさんたちと
  • CKBのガーチャンも、チームのスイングトップを着てクルーとして手伝ってくれた
    CKBのガーチャンも、チームのスイングトップを着てクルーとして手伝ってくれた
提供 : DOUBLE JOY RECORDS

音楽とは違い、レースのチームは会社組織ではなく、クレイジーケンレーシングというカークラブです。

あっ、CKBの事務所ではクレイジーケンレーシングのTシャツなどのキャラクター商品も販売しております。こちらもぜひ…。カークラブですから、インディーズのバンドみたいなものです。

  • 背中
    背中
  • 表
提供 : DOUBLE JOY RECORDS

メカニックさんたちには僕が試走した後、いろいろ報告して車を調整してもらう。

コーナリングの時にアンダーステアになるとかオーバステアになるとか。

練習や予選や決勝の時にピットサインを出してもらったり、マシンの状況を報告したり、セッティングの希望を伝えるなどして、レースのための車を仕上げていくわけです。

たとえばキャブレターにジェットニードルという部品があるんですけれど、アクセルを開くと、ジェットニードルが持ち上げられて、燃料の供給量が増える仕組みのもの。このジェットニードルの番手をその日のコンディションで取り換える。湿度や温度でも違うわけです。それを変えるだけでパワーが変わる。

福島リンク・サーキットでのテスト走行
福島リンク・サーキットでのテスト走行
提供 : DOUBLE JOY RECORDS

ジェットニードルを換える場合、車をシャーシダイナモに載せてデータを取ることもしますが、結局は試走してデータを取り直す。つまり、試走はレーサーがレーシングテクニックを上達させるためだけではなく、車を仕上げるためにやることでもあります。

これが大事なんです。サーキットによってはミッションのギア比を変えるだけで3秒以上も速くなったことがあるくらいですから。

幸いなことに、うちのメカニックさんはレーサーでもあるので話が通じやすい。そして、ご本人が運転すると、僕よりいいタイムが出たりして立場がありません。特にメカニックさんのお膝元、福島のリンク・サーキットはメカニックさんの方がめちゃくちゃ速い。

福島リンク・サーキットでのテスト走行
福島リンク・サーキットでのテスト走行
提供 : DOUBLE JOY RECORDS

それに僕にアドバイスを下さる昭和のレーサーの方々はメカにも強いから安心です。今のレースカーはセミオートマチックですし、電子制御ですから、故障を直すとなると、コンピューターチップごと取り替える。チャンスがあれば電子制御のレースカーにも乗ってはみたい。ですが、今のところは旧車のことで頭がいっぱいですよー!

(続きは明日掲載します。)

著者

横山 剣(よこやま けん)
1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年にはデビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』をリリースした。
クレイジーケンバンド公式サイト
http://www.crazykenband.com/
野地 秩嘉(のじ つねよし)
1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務、美術プロデューサーなどを経てノンフィクション作家。「キャンティ物語」「サービスの達人たち」「TOKYOオリンピック物語」「高倉健ラストインタヴューズ」「トヨタ物語」「トヨタ 現場の『オヤジ』たち」など著書多数
横山 剣・野地 秩嘉

以上

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