クルマと愛とサウンドを語らせたら止まらない2人が、レースの楽しさを、実際のレースやレースをめぐる人たちなどを訪ねながら紡ぐオリジナル連載(#43)です。

ドライビングの練習

新譜「NOW」より
新譜「NOW」より
提供 : DOUBLE JOY RECORDS

10月18日に筑波サーキットで行われる旧車のレースを控えている横山正佳(レーサー名)選手は車作りだけでなく、体の手入れも欠かさない。体調を整え、時間を作ってはサーキットへ行って車を走らせる。

そして、なお…。

ある日はレーサーだけれど、その翌日は音楽家であり歌手だ。またまた体調を整えて、時間を作ってボーカルの練習をする。作詞も、作曲もやる。

レーサーであり、音楽家であるのは楽しいに違いないけれど、多忙だ。

新譜「NOW」より
新譜「NOW」より
提供 : DOUBLE JOY RECORDS

横山選手の話

流星号(ブルーバード1800)
提供 : DOUBLE JOY RECORDS

―今回は新型コロナ禍でサーキットが閉鎖されたこともあって、レースに出るまでにサーキット練習は3回しかできませんでした。練習といっても走るだけでなく、車の調整もありますから、なかなかドライビングに専念するわけにはいきません。それに、自分だけがスケジュールが空いていてもダメなんです。サーキットまで車を運ぶ人、直す人も一緒に行かないと。

サーキットでも気を遣いますよ。自分ひとりだけが走ってるわけでなく、練習走行に来ている人たちがいますから。

ナンバーが付いてる車で走ってる人たちもいます。そんな車が抑えきれずにスピンするのを見たりするとこちらまでハラハラしてしまいます。だってクラッシュしたら、帰れなくなっちゃうでしょう。相当つらいですよね(笑)。

流星号(ブルーバード1800)
提供 : DOUBLE JOY RECORDS
ヘルメット、グローブ
提供 : DOUBLE JOY RECORDS

―僕はレースの練習の練習にシミュレーターを使ったことがあります。横浜にプロのレーサーが監修しているところがあって、シミュレーターが置いてある。でも、シミュレーターって本物のレースより難しかったりするんです。

「ああーっ、どうしよう」なんてこともある。ただ、コースを覚えたり、イメージトレーニングにはとってもいい。

「コーナーのここで減速して、ハンドルを切り込んでいこう」と考えるには使えます。僕は筑波サーキットのコースレイアウトは頭に入っているんですけれど、富士スピードウェイが苦手だった。最終コーナーがすごく難しくて。でも、一度、シミュレーターで走ってみたら、ちょっとわかるようになりました。あと、モンテカルロのF1コースを走ってみたり。シミュレーターはゲームのグランツーリスモより、さらにリアルな感じ。ヘルメットもグローブもちゃんと付けます。そうした方がイメージトレーニングにはいいんですよ。

ヘルメット、グローブ
提供 : DOUBLE JOY RECORDS

ストローはやりたいけれど、やめておく

―レースに出るためにやってることはいろいろあります。たとえば車内の暑さに耐える練習とか。車に乗ってもエアコンつけずに走る。レーシングカーは普通の車より暑くなるし、レーシングスーツとアンダーウェアを着けるとなおさら暑くなる。この練習は大事です。一度、暑さに慣れる練習をしないで、ぶっつけ本番でレースに出た時、熱中症みたいになって、2周しただけでピットに入りたくなっちゃった。冬のレースでしたけれど。やっぱり興奮してることもあるんでしょうね。

―プロレーサーは専用ストローでスポーツ・ドリンクを飲んだり、クールスーツを着ますけれど、僕らがやったら笑われますよね。20分ぐらいしか乗らないんだから。

それと僕はふだん血圧は低いのに、レースの前になるとやたらと上がる。ドクターチェックがあるんですけれど、ある時、バタバタで準備に時間かかって、あー、間に合わないと思って走っていったところ、ものすごい血圧になっちゃって、ドクターから、「これじゃレースに出られないよ」って。その時は再検査でパスしましたが。

でも、血圧高いと運転中に意識不明になるかもしれないし、気をつけなきゃね。旧車レースは高年齢が多いから、みんな血圧は気にしてます。

僕ら、おじさんレーサーは車の整備だけじゃダメ。自分が調子悪いと、それが一番のハンデになる。動体視力が悪くなると、ピットサインを見落としたり、自分に出てるフラッグを見落として失格になったりもします。目の練習もいりますね。というか、疲れてくると見えなくなるので、要注意です。

忘れてはいけないエントリーシート

―レースに出る時の書類をエントリーシートと言うんですけれど、これ書くのはなかなか大変です。申請書、誓約書から始まって車の仕様について、細かいところまですべてレーサーが書かなきゃならない。当たり前ですけれど。

マフラーの口径が何πとかまで書くんです。車の仕様についてはメカニックさんにたずねて書いてます。

レースの規則は細かいです。レーシングスーツにつける1枚のワッペンでさえ耐火性でなくてはならないし、縫い付ける糸も耐火性じゃないとダメ。糸を間違えただけで失格です。でも、レースに出ると安全への意識というのは確実に高まりますよ。

レーシングスーツ
提供 : DOUBLE JOY RECORDS
2017年のF1日本グランプリで国歌独唱
2017年のF1日本グランプリで国歌独唱
提供 : DOUBLE JOY RECORDS

―レースの前にはドライバーズミーティングがあります。アメリカでナスカーを見た時は牧師さんがいたんですけれど、日本ではお坊さんが出てくる、なんてことはない。チーンとやって、お線香あげたりしたら、レースに出にくいですよね。

クラシックカーラリーのラフェスタミッレミリアは出走前に神主さんが出て来てお祓いをしてもらいます。ドライバーは帽子を脱いで頭を下げる。「かしこみ、かしこみ、もうす」と祝詞をあげてもらいエンジンスタートです。

神主さんではないけれど、国際格式のレースだとスタート前に国歌の斉唱か独唱があります。僕は一度、鈴鹿のF1(2017年 16戦)で「君が代」の独唱をしました。ルイス・ハミルトンが勝った時です。もう、この上もない名誉でした。アカペラです。キーを間違えると大変なことになる。後半が高いから、低く入っていかないともう、声が出ない。幸い、無事に終わりました。

2017年のF1日本グランプリで国歌独唱
2017年のF1日本グランプリで国歌独唱
提供 : DOUBLE JOY RECORDS

レースに出ていて一番楽しいこととは

横山選手がレースに出るために体調を整え、綿密に書類を書き、車を仕上げていることはわかった。相当なエネルギーと時間とお金をかけないと、おじさんレーサーにはなれない。

では、そこまでして、レースに出るおじさんレーサーの喜びとはどこにあるのだろうか。

―気持ちがいいんですよ、とにかく。苦手なコーナーをうまくクリアした時、前にいる車を追い抜いた時、よーいどんでスタートしたとたん、何台も抜いた時…。

スタートの時、2、3台を抜くのはほんと、気持ちいい。でも、テクニックだけじゃないんですよ、あれは。車のギア比の設定が重要。あまりシビアに設定するとパワーが出すぎてホイールスピンしちゃったりする。逆に設定を間違えると、スピードが出なくて、スタートで失敗する。また、スタートだけはよくても、その後、失速することもあるし。ギア比の設定はレースには欠かせません。

僕らのクラスだと、筑波サーキットだったらどんなに速いマシンでも170キロちょっとです。僕の車で160キロ出るか出ないか。というのも直線が短いので最高速が出る前にコーナーが来てしまう。ただし、筑波サーキット向きのギア比で富士スピードウェイを走ると5速でもレッドゾーンを振り切ってエンジンブローしちゃう。230、240キロ出せるような余裕のあるギア比に変えないといけない。

ギア比のように観客には見えないところでいろいろ苦労があります。しかし、それが楽しい。音楽のライブもその点、同じですね。演奏の精度を上げるには楽器のセッティングやら、なにやらで。

えーと、つまり、ミッションや足回りは重要です。

バイキングの朝食
Getty Images

―レース、面白いですよ。やめられなくなりますよ。レース前はドキドキして、ご飯もちょっとしか食べられない。

まあ、食べなくても構わないとは思っています。車もドライバーも軽い方が速くなるんです。ただ、そのために食べないわけじゃなく、胸がいっぱいで食べられない。

いつもはサーキットのそばのホテルに泊まって、バイキングの朝食を食べることにしてますが、少ししか喉を通らない。同じレースに出る人が同じホテルにいて、朝、会うんですが、なかには、めちゃくちゃ食べる人もいて、腹が太いなと思う。

僕なんて、食べたいと思わなくなっちゃう。ドキドキしちゃって食べ物が入っていかない。それでもカーレースはやめられませんよー!

バイキングの朝食
Getty Images

著者

横山 剣(よこやま けん)
1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年にはデビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』をリリースした。
クレイジーケンバンド公式サイト
http://www.crazykenband.com/
野地 秩嘉(のじ つねよし)
1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務、美術プロデューサーなどを経てノンフィクション作家。「キャンティ物語」「サービスの達人たち」「TOKYOオリンピック物語」「高倉健ラストインタヴューズ」「トヨタ物語」「トヨタ 現場の『オヤジ』たち」など著書多数
横山 剣・野地 秩嘉

以上

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